射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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射手座の男 9

 放課後、学校近くの駅の公衆電話の受話器を取った寺本の後ろから、大きなクラクションの音がした。振り向くと、ソアラの窓から首を出して大声で叫ぶ男がいる。レンタルビデオのケースを持った手を大きく振っていた。
「おーい、広瀬たちが土井んちに来るんだ。バンドの同窓会だ。地下でSF映画観ようぜ。SMじゃねーぞ、裏じゃねーぞ、エロくねーぞ、安心しろ」
 駅に向かう音大の学生たちが笑って甲馬を見ている。寺本は受話器を置くと慌ててソアラに向かって走った。
 バンドの練習の時のように、土井の祖母が地下のオーディオルームへ案内してくれた。
「ああいうこと、大きな声で言うのやめて下さいよ、まったくもう」
 甲馬はレンタルビデオをデッキに入れ、テレビのスイッチを入れた。
「広瀬たち、待ってなくていいんですか?」
「はやく観たいんだよ、これ。あいつらが来たら巻き戻しゃいいんだ」
「えぇ、嫌だなあ、途中で巻き戻すの。先が気になっちゃう」
「お前、授業のコマ数が増えたらちゃんとオレに報告しろよ」
「…何ですか?」
「合唱の伴奏なんかしやがって」
「あ、頼まれたんですよ。見てたんですか?」
「『売春婦』だな」
「『早春賦』ですよ」
「歌ってんの、女ばっかじゃねえか。ちやほやされやがって、このエッチ」
「伴奏って面白いんですよ。何か、普通のピアノ曲と異質で、勉強になりますよ」
 こいつは何にでも首を突っ込む。何でもかんでも「勉強になりますよ」だ。音楽って楽しいね、ハート・マーク、という感じだ。特にアルバイトはしていないと言っていたが、するとすれば、差し詰め子供の音楽教室の熱血先生か。子供に音楽の楽しさを教えたい、とかクサいセリフを吐きそうな男だ。もしくはママさんコーラスの伴奏なんてのも満向きだろう。こいつ目当てで団員が集まり、しかも人妻と問題を起こすことは間違ってもない。そう考えると、もしかしたら最適なバイトかもしれない。
 大画面テレビで観る宇宙戦争はさすがに迫力がある。ビデオ上映会にこの場所を選んだのは正解だった。音量を最大にして観た。
 真剣に映画を観る寺本の横顔が可愛らしかった。爆発音がする度にビクッと肩を動かす。面白いシーンでは声を出して笑う。格闘の場面では拳を強く握る。男女の濃厚なラブシーンでは顔を背けてしまう。映画を観るより寺本を見ている方が遥かに面白かった。
 甲馬はご機嫌だった。たまにはマンション以外の場所でこうして寺本とくつろぐのもいいものだ。ふかふかのソファも気持ちがいい。
「何かこう、新鮮だな」
「何度も来てますよ、ここ」
「そうじゃなくてさ…」
 寺本の肩をぐいっと抱き寄せる。
「ここじゃ駄目ですからね」
 寺本はテレビの画面から目を逸らさない。
「でも、いつもオレのマンションでっていうのもよぉ」
 しかしやはりさすがの甲馬もここでヤるのは気が引ける。
「今度さ、お前とさ、どっか旅行行きたいよ」
「箱根で湯治とかですか?」
「ジジ臭いこと言うな。ハワイとか、せめて沖縄とか」
 この季節の旅行というのはスキーが定番らしい。しかし甲馬はスキーができない。怪我をするからと小さい時から連れて行って貰えなかったからだ。家族でリゾートというとたいてい海だった。
「一泊くらいなら何とかなりますけど、飛行機に乗ってとなると、ちょっと」
「お前、家族以外と旅行とか行かないの? 合宿には来たよな」
「広瀬と一緒ならいいって親が言うんです。三年の夏には一緒にヨーロッパ行きました」
 広瀬もまた随分と信頼されたものだ。
「なあ、お前らどうしてそんなに仲がいいわけ? あんな馬鹿のどこがいいの?」
「だってあいつ、いい奴でしょ?」
 確かに、いい奴と言えばいい奴だ。
「それに、何て言うか、馬が合うというか」
「一生いいお友達でいましょうね、って感じか?」
 確かにそんな感じだと寺本は思った。広瀬のことは大好きだが、何故かこれまで性欲が沸いたことはない。広瀬といると心が落ち着く。というより広瀬がいないと困る。広瀬と一緒なら信号のない通りも渡れるし、方位が解らなくなることもなく、どこへでも辿り着くことができる。それに、相当際どい場面を見られても、広瀬が寺本の性癖に疑問を抱くことは皆無だった。
「あいつ、勘は悪いけど、自然界には鼻が利くっていうか、絶対に道に迷わないんです」
「ああ、ありゃ犬だからな。息してるだけでうるさいし」
「地図読めるし、電車の路線図も読めるし、時刻表も読めるし」
「普通読めるんだよ」
「甲馬さんは読めるんですか?」
「漢字は読めねえけど、地図は読めるぞ。男なんてそんなもんだ」
「面倒見いいし、優しいし」
「何だよ。やけに褒めるじゃないか」
「お年寄りにも親切だし、世話好きだし」
「そう言えばオレも広瀬にはずいぶん世話になったな。あいつの馬鹿話で引っ掛けた女が何人いるかって感じだ。ホント、あいつ信じられない事やってくれるからよ、女の子たちは大喜びだぜ」
 いつの世も、ナンパの場面では話題にする男はモテる男で、話題にされる男はモテない男だ。
「あいつ、ヨーロッパでも迷わないんですよ」
「ああ、オケの遠征で行った時も、あいつが先導してたな」
「僕は着いていくだけでした」
「お前ら、二人で行ったのかよ、エッチ」
「あと二人です。往復の航空券とユーロパスだけ買って、行き当たりばったりの自由旅行です。博物館行ったり、オペラ観たり」
「ホテルは四人部屋か?」
「安上がりだからそうしたかったんですけど、たいていのホテルでは二人部屋を二つでした。広瀬と僕が同じ部屋です」
 うらやましい。寺本とホテルで二人部屋。甲馬もあと一年遅く生まれていたら寺本とヨーロッパ旅行ができたのだろうか。
 しかし、やはり「一生いいお友達」では嫌だ。
「お前がヨーロッパまで行って、よく大人しくしてたな」
「途中でこまめに抜けてました」
「やっぱりな。大丈夫だったのかよ」
「どこかのバーでピアノ弾かせてもらってくるって言えば誰も気にしません」
「何言ってんだよ。バレバレに決まってるだろうが」
「そうですかね」
「まさか相手が男だとは思わないだろうけどな」
「オランダでは、あとの二人も消えました」
「ああ、『飾り窓』な。早春賦だな」
「売春婦ですよ」
「そりゃ合法って言われりゃしたくなるわな。広瀬は?」
「あいつは病気が恐いとか言って」
「オレもプロは何か嫌だな」
「でもプロって、いろいろ教えてくれるから勉強になりますよ」
「……………」
「甲馬さんも遠征の時、行方不明になったって、広瀬が言ってましたよ」
 行方不明なんて人聞きが悪いぞ。夜ホテルに帰らなかったってだけだ。明け方にはきちんと帰ったぞ。
「いいですよね、ヨーロッパの人って。ホント、すごくいい、気品があって」
 何だ、そのとろけそうな顔は。そう言えばこいつは必修でもない英語の講義を取っていたっけ。卒業旅行か何かでロンドン辺りに暴れに行くつもりか。
「オレは海外でも日本人観光客専門だ。海外に出ると女は解放的になる。心も体も開いてくれる」
 こうなりゃヤケだ。
「僕たち、どーしよーもないですね」
「ああ、どーしよーもない。いつか地獄に堕ちるぞ」
「ですよね」
「お前と一緒なら地獄に堕ちてもいいや」
 ストーリー的には全く面白くないSF映画が終わり、甲馬はリモコンでテレビの電源を消した。
「お前、卒業旅行は? どっか行くんだろ?」
「特に考えてませんけど、広瀬の就職が決まったら、空きがあればハワイ辺りに行こうかって話は出てます」
 また広瀬と一緒かよ。
「なあ、オレと行こうよ、ハワイ」
「遅いですね、広瀬たち。何時の約束なんですか?」
 そうとぼけて言いながら、寺本はしっかりと甲馬の腕の中にいる。甲馬の肩に頭を預けて、甲馬の太腿に右手を置いている。その手が時々動いてくすぐったいのを、実はさっきから我慢しているのだ。寺本の髪はいい匂いがする。
「景色のきれいな所でさ、毎朝起きるとお前が隣にいてさ、三食一緒に食ってさ、海で泳いでさ、おやすみって言って、電気消して寝るんだよ」
「電気消して、すぐ寝るんですか?」
 寺本が目を見開いて笑った。
「そうだよ。何にもしないで寝るんだよ」
「そんなの甲馬さんにできます?」
「毎晩一緒にいりゃあよ、たまにはそういうのもいいと思わねえか? お前とはさ、いろんな事したいよ。ハネムーン夫婦みたいに朝から晩までヤりまくったり、熟年夫婦みたいにただベッドに箸みたいに並んで寝たり、倦怠期の夫婦みたいに一日中口利かなかったり」
 ビデオの再生の音が止まり、巻き戻しが始まった。
「喧嘩もしたいよ、お前と」
 寺本が喧嘩は嫌いなことは甲馬も知っている。
「喧嘩してよ、プンプンしたまま背中向け合って寝てよ、でも、次の日の朝は何事もなかったように一緒にメシ食ってるんだ。このジャム、紅茶に入れると美味しいねぇ、とか何とか言ってよ」
 言っているうちに恥ずかしくなってきた。相槌でも打ってくれればいいのに、寺本はただ黙って聞いている。「はい」とか「そうですね」とか、何か言いようがあるだろうに。
「お前とだったらさ、オレ、何でもできるよ」
 甲馬は右手で甲馬の腿の上の寺本の右手を握った。握った手を見て言った。
「お前、顔小さいクセに手でかいよな」
「ドからファまで十一度届きます。リストは十二度届いたそうですよ。甲馬さんとどっちが大きいですかね」
 寺本が左手を上げてパーの手を見せる。
「そりゃオレの方がでかいさ。下と同じだ」
 二人は向かい合って、手の平同士をぴったりと合わせた。
「ほーら、やっぱり。指も太いぜ。下と同じだ」
「甲馬さん」
「何だよ、恐い顔して」
「下が、下が、ってよく言いますけど、僕だって小さい方じゃないんですからね」
 うん、確かに結構でかい。
「解ってるよ。小さい方がオレには都合がいいんだけどな」
「まだ痛いんですか?」
「仕方ないじゃん」
 甲馬は下唇を出した。
 それから寺本はその重ねた手に顔を近付けた。
「……松脂(マツヤニ)の匂いがする」
「お前、鼻いいよな。洗ったんだけどな」
「甲馬さんの匂いだ」
 寺本の鼻がクンクンと動き、生温かい鼻息が甲馬の指先に掛かった。寺本の指は細く、甲馬の側から見ると節々の太い甲馬の指にすべて隠れてしまう。
「今日の午後はずっとピチカート弾いてたんだ。あの、弦を指ではじくやつ。臭いか?」
 寺本は首を振る。
「この匂い、好きか?」
 コックリとうなずく。
「寺本…」
 甲馬は寺本に顔を近付けた。
 寺本が首を傾け、目を閉じた。
 その時防音室のドアが開いた。慌てて引っ込めようとした寺本の手首を甲馬がつかむ。つかんだまま振り向いて不機嫌な声を発した。
「ノックくらいしろよな」
「ここはおれの家だ」
「ヒトんちをラブホテル代わりに使いやがって」
「………」
「とでも言いたそうな顔だな」
「ばあちゃんが誰か来てるって、お前らだったのか」
「広瀬たちも来るんだ」
「そんなの聞いてないよ」
「オレも聞いてない」
「え?」
 寺本が驚いて甲馬を見る。
「お前、聞いてる?」
 甲馬が寺本に言った。
「土井さん」
 甲馬の手を振り解いて寺本が立ち上がった。
「な、何?」
 いきなり名前を呼ばれて土井が焦る。
「ピアノ、スタンウェイですよね。お正月に来た時チラッと見えて。弾かせてもらってもいいですか?」
「ここんちの、すっげぇぜ。ハンブルグから直輸入のフルコンサートピアノだ。宝の持ち腐れだからせいぜい弾いてやれよ」
「広瀬が、お前のもスタンウェイのグランドだって言ってたけど」
「うちのは中古で、小さいやつです」
「好きなだけ弾いてってよ。先週調律したばっかりだから、気持ちいいよ」
「あ、それはいいですね。ありがとうございます」
「土井、夕飯は軽めにしてくれよ、太るから。太るとさ、寺本に重いよぉ~って言われちゃうから」
「寺本、よかったら夕飯食っていかないか?」
「勝手に来て、そんなの悪いですよ。ピアノ弾かせて頂いたらすぐに帰ります」
「遠慮するこたないぞ、サトルちゃん」
「正月以来さ、姉貴の長女がお前のファンでさ。王子様みたいだって、また会いたいって」
「オレの方が王子様みたいだぞ。魅惑の王子だ」
「甥も喜んでたよ、優しいお兄ちゃんと恐い顔のお兄ちゃんが一緒に遊んでくれたって」
「…………」
「是非食ってってくれよ。みんな喜ぶよ」
「………それじゃ、お言葉に甘えて……」
「よかった。家に電話するかい?」
「あ、はい、すみません。うち、夕飯はいつも母と二人なんで、電話しないとうるさくて」
「ママだいちゅき、だもんな」
「いつも二人なの?」
「はい。兄は大阪で、父はいつも遅いから。出張も多いし」
「それは寂しいね」
「ずっとだから、別に寂しくないですよ。それに父は運動会とか発表会とかイベントにはちゃんと来てくれてたし、あまり口は利かないけど優しい父です」
「え、お前、パパもだいちゅきだったのか。だからホモになったんだな」
「ま、うちが特別なんだよね。姉の子を入れたら十人家族だ」
「お前んち、ホントにいつもけたたましいもんな。アタマおかしくならねえか?」
「今日はカニ鍋だってさ」
「え、そんな高いもの。やっぱり失礼します」
「十人分も十一人分も同じだよ」
「…おい、十二人分だろうが…」
「おいで。リビングの電話使ってよ」
 土井の奴、廊下に出ながらさりげなく寺本の背中を触ってやがる。いやらしい野郎だ。
 寺本がピアノを弾いていると、土井の小学生の姪二人がやって来た。二人とも太っている。三歳になったばかりだというのに糖尿の気があるという甥も転がるようにやって来た。医者の不養生ならぬ医者の息子の不養生だ。中でも特別太っている長女がうっとりした目で寺本を見た。
 十二人が食卓に着いた。土井の両親も姉も太っている。さすがに年寄り二人は萎れてきている。姉の夫も土井に負けないくらい太っている。
 みんなでこれでもかというくらいカニを食べた。土井は十人分も十一人分も同じだと言ったが、このカニは優に二十人分はありそうだ。「もっと食え、もっと食え」と何度も言った父親は、間もなく電話で呼び出されて病院に戻ってしまった。母親がまたかという顔でため息を吐きながら言った。
「皮膚科は急患がないから楽だわ。ひどい火傷なら外科に回されるし」
 甲馬が決まり悪そうに寺本を見る。寺本は笑いながらビールを一口飲んだ。姉が大きく首を振って否定する。
「そんなことないわよ。最近はアトピーが多いから、お母さん、日曜も予約診察じゃない。皮膚科って大変よ。ステロイドも問題になってるし、小さい子には強い薬は出せないけど、かといって弱い薬じゃ効かないし、その加減が皮膚科は難しいわ」
 甲馬が下を向き、寺本がビールを気管に詰まらせむせた。ちゃっかり隣に座った土井が寺本の背中を叩いたりさすったりしている。またどさくさに紛れて寺本の体に触っている。いい加減にして欲しい。
 カニを食べながら、寺本は土井と反対側の隣に座った長女に、「何年生?」「ピアノ習ってるんだって?」と優しく話し掛けている。そう言えば、寺本は子供が好きだと言っていた。甲馬にはあんなに優しく接してはくれない。
 甲馬は目の前に置かれた豚肉の角煮に箸を伸ばした。
「カニも美味いですけど、この角煮も絶品ですね」
 カニ鍋の他に豚の角煮が食卓に並ぶのは土井の家くらいだろう。
「それ、あたしが作ったのよ、コンマくん」
 土井の姉が嬉しそうに声をはずませた。
「料亭の味ですよ。いい奥さんだ。うちの奥さんの料理もなかなかなんですよ。ワイルドでしてね」
 寺本の箸が止まり、土井が横目で寺本を見た。太っている連中のいいところは、細かい事をあまり気にしないというところだ。みんな首をひねりながら笑ってうなずいてくれた。
 食べ終わる頃、姉の夫が姉の耳元で「コンマくんって結婚してるんだね」と言ったのが聞こえた。姉は「知らなかったわ」と答えた。
 その直後、妊婦が三人同時に産気付いたと電話が来て、姉の夫も病院に戻って行った。夫の隣にいた三歳児が「パパァ」と泣き始め、次女が「うるさい」とその頭を引っ叩き、その次女の頭を長女が叩き、今度は次女が「お姉ちゃんがぶったぁ」と大声で泣き出した。

つづく

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