射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 1-1

「このボロバイク!」
 ニューヨーク郊外のショッピング・モールの立体駐車場で、滝田隆二は大きな声を張り上げた。乗って帰ろうとしたオートバイのエンジンが何としても掛からないのである。モールは既に閉店し、辺りは既に真っ暗だ。気温も急速に下がったらしく、指先の感覚がなくなるほどの寒さである。低い空に満月が見える。
 この辺りは特に治安が悪いというほどの地域ではないが、人気のない日没後の駐車場では何が起きても不思議はない。大の男が「誰かに襲われるのではないか」と脅えるのも恥ずかしい話だが、周りに数台あった車も、ついには一台もなくなってしまった。上の階から下りてくる車もまばらだ。
 今まで何度もすぐにエンジンが掛からないことはあった。だから今日も具合が悪いのは最初だけだろう。そう高をくくっていたが、今度ばかりはそうはいかなそうだ。
 冷たいコンクリートに鳴り響く乾いたエンジン音に、あからさまに不快感を示したドライバー達が、「うるさい」と叫んだり左手の中指を立てたりして通り過ぎて行く。かと思えば、中には「大丈夫か」と声を掛けてくれるドライバーもいた。しかし、
「…その手に乗るか」
 駐車場で故意にタイヤをパンクさせ、困惑するドライバーにしたり顔で近付き、その五秒後には身包みはがして去って行く。そんな定番の犯罪に引っ掛かってたまるものか。
 しかし、このボロバイクは、別に誰かに故意に壊されたのではない。そんなこと解っている。解っているのだが…
 漫画のように蹴飛ばしたら動き出すのではないかと思い、滝田はオートバイを下り、思い切り水平二気筒エンジンを蹴り上げた。
 その時、駐車場に「コツ、コツ」という靴音が響いた。建物の構造のせいか、音がやたらに大きく響き渡る。ビクッとして足音の方向に目を向けると、二メートルはあろうかという黒人男が、拳銃らしき物を手に滝田の方に向かって歩いて来る。
(…………殺される)
 一瞬そう思った。
 しかしその男は駐車場の警備員だった。近くに来ると、男は紺色の制服を着て、手にはトランシーバーを持っているのが解った。
 近くで改めて見ると、本当に大きな男だ。滝田も百八十八センチあるので日本人としてはもちろん、アメリカでも大柄な部類に入るが、目の前の男はその滝田よりも更に頭ひとつ大きいかと思われる。男はトランシーバーに向かって低い声で何かつぶやくと、滝田の方を向いて言った。
「もうとっくに閉店してるんだぞ。ちょっとかしてみろ」
 大男はオートバイにまたがり、滝田に代わってエンジンを掛け始めた。その乱暴な扱いに、オートバイが壊れるのではないかと思ったくらいだ。しかし案外逆に、荒療治が功を奏してエンジンが復活するのではないかとも期待した。
「おれは先週まで車の整備工場で働いてたんだぜ」
 しかしその元整備工でも、ボロバイクを生き返らせることはできなかった。
「こいつはもう廃車にするしかないな。こんなボロいオートバイ、よく今まで動いてたな。歩いて下まで行ってタクシーに乗って帰んな。このオートバイは明日取りに来てもいいし、ここに捨ててってもいいし」
「捨てて……?」
 訛りの強い英語で聞き取りにくいが、その男は確かにそう言った。
「…捨ててっていいの?」
「とにかく早く帰ってくれ。出口を閉めるぞ」
 そう言うと、その警備員はラップを口ずさみながら、元来た方向へ戻って行った。
 とんだ詐欺にあったものだ。このオートバイは、ほんの三週間前、職場の前任者の横山から半ば強引に売りつけられた物である。しかも千ドルという不当な値段でだ。
《この古さで千ドルは高くないですか?》
《何言ってんだよ、BMWだぜ。腐っても鯛は鯛、ビーエムはビーエムだよ》
 しかし鯛だって腐ったら食べられない。そう解ってはいたが、押されると弱い性格とBMWというブランドのせいで、滝田は結局千ドル払ってしまった。
(まだタクシーあるかなぁ)
 滝田は大きな体を身震いさせた。寒々とした暗い空から、今にも雪が落ちてきそうである。
 モールの出入口のシャッターが閉まる音があちこちで響いている。キキキキとガラスに爪を立てたような耳障りな音だ。その音が更に寒さを増しているような気さえする。
「油差せよ」
 八つ当たりするようにつぶやいた。
 コートの襟を立ててモールの外のタクシー乗り場に出ると、大きなまん丸の月が滝田を見下ろした。日本では満月でうさぎが餅をついているというが、アメリカでは満月は人の顔だと言われている。その丸い大きな顔が、まるで滝田を嘲笑うかのように煌々と光を放っていた。
 滝田隆二、二十七歳の冬のことである。

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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

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