射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 1-5

「ピザのお届けです。冷えたスーパードライもおつけします」
「よかった。もう来てくれないかと思ったよ」
 情けない顔をした寺本が玄関ドアを開けた。滝田は靴を脱いで、いつものようにリビングの奥のソファへと歩いた。
「そんなことないですよ。こっちこそ、すみませんでした。やっぱ、ちょっとビックリしちゃって、黙っちゃったりして申し訳なかったです」
 長いソファにドカンと座った。
「寺本さんが男を好きだろうと、女が好きだろうと、寺本さんであることには変わりないですから」
 大きなピザの箱をテーブルに置いた。
「それに、寺本さんが女の子に興味がないなら、ボクも心置きなく紹介してもらえるし、ボクにガールフレンドができても、寺本さんによろめいちゃうってこともないし」
 半ダースのスーパードライも置いた。
「いや、多分よろめいちゃうけど、取られちゃうことはないし、取られそうになったら、寺本さんに事情を説明してもらって、諦めてもらって、ボクで我慢してもらって、あれ? 何言ってんだ? ははは」
 意味のないことを言っているのが自分でも解った。寺本は短いソファに浅く座った。滝田はスーパードライの瓶の王冠を手で開けて寺本に差し出した。寺本がそれを受け取ると、自分のビールも開け、ゴクゴクと一気に飲んだ。ぷはぁと息を吐くと、寺本の方へビールを上げて言った。
「とにかく、今まで通りってことで、よろしく」
「ありがとう。こちらこそ、よろしく」
 寺本は深々と頭を下げた。
「あの、気を遣わないでね。こういう性癖を理解してもらえなくていいんだ。不思議に思うのが普通だろうし、だから、面白がってくれていいんだ」
「面白がる?」
「結構面白がる人が多いよ」
「ああ、そうかもしれない」
「でしょ?」
「あ、ごめんなさい…」
「だから、そういう気を遣わないで欲しいんだ。僕は何を言われても平気なんだから。僕をネタに、女の子との会話で盛り上がるのもいいと思うよ。女の子って、その手の話題が好きだから」
「そんな…そんなつもりはありませんよ」
 そうか。女の子って、そういう話が好きなのか。
「嫌われるくらいなら笑われる方がずっといいよ。大学で、気持ち悪いっていきなり殴られたこともあるんだよ。何もしてないのに」
「そんな…」
「ゲイが嫌いな奴は心底嫌ってるからね。リンチに会わなかっただけいい方さ」
「リ…リンチ?」
 何やら物騒な話になってきた。
「丁度ワイオミング州でゲイの大学生がリンチで殺された直後だったから、ちょっとドキッとしたよ。でも、僕は本当に全然気にしてないから。日本の大学でもオカマって呼ばれてたし」
 耳を疑った。
「………マジですか?」
「うん」
「そんなこと言われて平気だったんですか?」
「平気…っていうか、まあ、ホントのことだしね」
「でも、寺本さんはオカマじゃなくてゲイなんでしょ?」
 何を言っているんだ、ボクは。
「ああ、そうらしいね。あの頃は、オカマとホモとゲイがどう違うのかなんて、よく解らなかったな」
 そう言って寺本は笑った。それから滝田は声を潜めてつぶやくように言った。
「…あの、実は……実は結構ショックだったんです」
「それが普通だよ。言ってくれてありがとう」
「寺本さんはボクにとって、何ていうか、お兄さんみたいな存在で」
「お兄さん?」
「実家の兄に、何となく似てるんです、寺本さん。もちろん見た目は全然似てないし、兄はどこにでもいる平凡なサラリーマンなんですけど、何ていうか…口調とか…当たりが柔らかいところとか…一緒に居て…、ううんと…うまく言えないけど…」
 顔も似ていない、体型も似ていない、それで「似ている」というのは可笑しいではないか。変な事を言ってしまったと後悔していると、寺本が口を開いた。
「…君も、僕の兄に似てるんだ」
「え?」
「顔は特に似てないんだけど、背格好とか、猫背のところとか、歩き方とか、仕草とか、最初見た時、一瞬兄がいるのかと思ってびっくりしたんだよ。いる訳ないのにね。その後、声を聞いて更に驚いた。そっくりなんだ、低くて」
 そう言えば結婚式で初めて会った時、シャンパン・グラスを持ったまま驚いた顔で滝田を見ていたっけ。そういうことだったのか。
「何だか面白いですね、ボク達。お互いのお兄さんに似てる同士だったなんて」
「それで毎週末会ってるなんて、お互い相当ブラコンだ」
「あんまり仲良くなかったとか言って、やっぱり仲良しだったんじゃないですか、お兄さんと」
「まあ、小さい頃はね。優しい兄だったよ。小学校の頃、日曜日の父親参観に来てくれたこともあるんだ。うちの父はいつも出張でいなかったから」
「お兄さんが? 父親参観に?」
「そう。中学生が詰襟着て。『父兄』なんだから、『兄』でもいいだろう、なんて、冗談言ってね」
「うわぁ、いいお兄さんだなぁ」
「お兄ちゃんが悟のパパになってやる、って」
「優しいじゃないですか」
「…そうだね。優し…かったね」
「はい?」
 すると寺本は誤魔化すように話題を急に変えた。
「…塾から直接来たの?」
「あ、はい、そうです」
「白墨の匂いがする」
「あ、すみません。これ、臭いですよね」
 滝田はスーツの右の二の腕の匂いを嗅いだ。
「そんなことないよ。懐かしい匂いだ。うちの大学ではもう使ってないから」
「うちの塾、未だに黒板使ってるんですよ。スーツが白くなっちゃって困ります。早く全教室、ホワイト・ボードにして欲しいですよ。スーツ脱いで、玄関に掛けていいですか? 今、手、洗ってきますね」
 両手の匂いを嗅ぎながら立ち上がった。
「うわ、チョーク臭い」
 そう言いながらバスルームへ急いだ。
 大声で笑いながらピザを食べた後、いつもどおり他愛のない話で盛り上がった。
 夜も更けて、例によって滝田に酔いが回り、またベッドに歩いて行くことなく、ソファで深い眠りに就いた。



 そして今までどおり、滝田は土曜か日曜には寺本の家に泊まりに行った。アパートにはあれ以来呼んでいない。滝田の部屋にはベッドが一つしかない。別に意識している訳ではないが、なんとなく誘い辛かった。
 寺本の大学にいる日本人留学生の女の子を何人か紹介して貰った。会話をしてみると、滝田に対してまんざらでもないような女の子も数人いたが、滝田は電話番号を聞くでもなく、その後の発展はなかった。
 寺本の性癖の世界は、楽しんでしまえばそれなりに楽しいものだった。寺本には悪いが、未知の世界の話は確かに聞いていて面白い。亮子が聞いたら目を回しそうな話も、寺本にあっさりと言われてしまうとそれほど違和感がないところが不思議だ。男同士なのだから、恥ずかしがる必要もない。
「聞いてもいいですか?」
「何でも聞いていいよ」
「いつからなんですか?」
「何が?」
「その……」
「男と付き合うようになったのがかい?」
「ええ、まあ……」
「付き合うって、どの程度の付き合いだろう」
 どの程度と言われても、さすがに本当に聞きたいことは具体的に口には出せない。
「キス……とか」
「キスだけなら中二の時だよ」
「うわ、さすが」
 何がさすがなのか自分でも解らないが、とっさにそう言ってしまった。
「合唱の先生だった。もう五十歳くらいの。授業の後に残されて、キスしてくれた。ドキドキしちゃったよ。最初は軽いキスだったけど、そのうち濃厚になってきて、毎回レッスンが終わるのが楽しみだった」
 そんなことを言われると、滝田まで少しドキドキしてしまう。
「僕、キスって好きだよ。ある意味セックスより気持ちがいい。落ち着くっていうか、安心する」
 更にドキドキしてきた。
「終わった後は、沢山キスして欲しい」
 ドキドキが止まらなくなった。「終わった後」って、やっぱり、アレ? アレが終わった後っていう意味? 大岩の言っていた「勉強になる」という言葉が頭に浮かんだ。
「でも付き合ってた訳じゃないか。単に遊ばれてただけか」
「その先生はどうしたんですか?」
「男の子にも女の子にも、いろいろと問題を起こしてたみたいで、懲戒免職になってある日突然いなくなった」
「それで…」
「なあに?」
「…いや、いいです」
「聞かれれば答えるけど、聞かれなければ答えないよ」
「いえ…、やっぱり…、いいです」
 寺本は楽しそうに笑った。何を聞いても答えてくれそうな気がした。しかし、あまり立て続けにいろいろ聞くのもはばかられた。
「君の話も聞かせてよ」
「いえ、ボクは…男の人とは…」
「違うよ、女の子とだよ」
 寺本が噴き出す。
「あ、ボクの話は、つまんないです。極めてつまんないです」
「そんなことないよ。僕にとっては新鮮な話だ。僕の方こそ、男女の話には興味あるなあ。あんまり濃厚な描写は勘弁して欲しいけど。こういう世界にいると、時々ストレートな話が聞きたくなるっていうか」
「極めてストレートですよ。全然面白くないです」
「君はモテないモテないって言ってるけど、背は高いし、明るいし、可愛らしい顔をしてるし、それなりにモテたんでしょ?」
 可愛らしい顔と言われてしまった。少し照れる。
「小学校の頃は少しはモテたかな。一応背が高かったし、少年野球では四番でピッチャーでしたから」
「ほお、そりゃモテるね。それで…ええと…ゴサンケ? だっけ」
「ああ、御三家、はい…………ははは…」
 酔った勢いで話した過去の栄光を、寺本はしっかりと憶えていた。自分で言っておきながら、しらふで聞くと気恥ずかしい響きだ。
「そこに行くくらい優秀だったんだもんね」
「野球やめて塾に行き始めたのは五年からです。中途半端に成績が良かったから、親戚に、私立を受けてみないかって言われて。でも、将来の夢はプロ野球選手だったんですよ」
「うわ、かっこいい」
「今の子は、将来なりたい職業は公務員とか言うんですよ。景気が悪くなるにつれ、その傾向が強くなったようです。あ、同じ公務員でも、マサハルくんの夢は最高裁判事なんですけど。これまた別の意味で夢がありますよね。でもね、恐いのが、彼の場合これが夢でもなさそうでね」
「そうなの?」
「彼ならなれるって、みんな言ってます」
「へえ、優秀なんだ、彼」
 野球の話をしていたら急に体を動かしたくなって、座ったまま見えないボールで投球練習を始めた。ボールが右手を離れる瞬間の腕のスナップが懐かしくて心地よくて、何度もスナップを繰り返した。
「野球、滅茶苦茶好きだったんです。ま、続けてたところで、プロになんてなれる訳なかったでしょうけど」
「そんなことないよ」
 ボールを投げる動作というのは、これほど普段使わない筋肉を使っているのか。今改めて気が付いた。このままいつまでも投球練習をしていたい。
「中学、高校って男子校で、勉強ばっかりしてました」
 こんな話は誰にもしたことがない。すべて話してしまいたくなった。
「初めてキスしたのは浪人の時です」
「その年齢じゃ、一気に最後まで、でしょ?」
「はい。その…アレ…も…その予備校の女の子でした。すぐ別れちゃいましたけど」
「残念だったね」
「捨てられちゃった。でも、いいんです。やっと童貞卒業できたから。重かったですから。それに、彼女はボクが初めてじゃなかったみたいだから、あんまり責任感じなくてもいいのかな、なんて」
「こっちに来る前は? 付き合ってる子はいたんでしょ?」
「高校の音楽の先生をしてる子がいました。結婚して一緒にこっちに来るのが希望だったんだけど、これまた見事に振られちゃいました。結婚してたら、今頃子供の一人もできてたかな」
 亮子を思い出してしんみりしてしまった。
「平凡な夢ですけど、男の子が生まれたら、一緒にキャッチボールしたいなって…」
 もう一度右手のスナップを何度も利かせた。
 もうあれから四年になる。彼女はもう結婚しただろうか。大学の友達に聞いてみれば解るだろうが、その勇気もない。
 よく解らないまま日本を出た。自然消滅という言葉をよく聞く。自然消滅だったのか、或いは日本を出た時、否、転勤の事を話した瞬間に、終わっていたのか。
 亮子の事を考えていたら無性に酒が飲みたくなってきた。
 酔っ払って、またソファで寝てしまった。


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