射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 1-8

 次の日の日曜日、滝田は朝十時過ぎに目覚めるとすぐに塾へ向かった。  夕べ寺本の家で作った資料をまとめて、生徒に配る小冊子を作り、大量にコピーするためだ。コピー機を長時間占有するため、他の講師の来ない塾の休みの日が都合が良いのだ。しかしながら、あえて日曜日に出勤する必要はなかったのだが、何故か今日は、ここで一人になりたかった。
 滝田の机の上に新聞が山積みになっている。塾の新聞整理は滝田の仕事だ。衛星版の日本の新聞から比較的大きなニュース記事を選び出す。それらを小学生にも解るような文に書き直して、毎月「今月のニュース」という小冊子にまとめて生徒に配るのが滝田の役目だ。ニュースの内容が社会の受験問題として出ることもあり、面接や小論文のテーマとして取り上げられ、意見を述べさせられることもあるためだ。また、子供たちに日頃から社会問題に興味を持たせる事も目的としている。中学生向けの小冊子には、新聞記事を切り抜いたものをそのまま載せる。
 塾では日本の新聞の他に、アメリカの新聞も一部購読している。
 この前、寺本が新聞の恋人募集欄のことを話していた。コピー機を動かしながら、滝田は今朝届いたアメリカの新聞の日曜版を手に取った。一面の記事に目を通した後、恋人募集のページを開いた。
 寺本も言っていたように、今時はインターネットの出会い系サイトで恋人探しをするものかと思っていたが、まだこんなクラシックな手段も残っていたのか。もっともネットの出会い系サイトが発達したのは、ここ数年のことなのだろうが。
「女性を求める男性」「男性を求める女性」に分かれている。その下に、数はぐっと少なくなるが「女性を求める女性」「男性を求める男性」の欄がある。寺本が言っていたのはこのことだ。
 写真付きで載せている勇気ある男性もいる。また、『○月○日午後三時頃、○番街のマクドナルドにいた緑のシャツを着た長髪の黒人男性、一目惚れしました。でも声を掛けそびれました。連絡下さい。あなたと目の合ったGWM LTR』という尋ね人的な広告もある。確かに、星の数ほどあるインターネットの一サイトよりも、ニューヨークで最高部数を誇るこの新聞の方が、尋ね人が見つかる確率は高いだろう。
『GWM』というのは人種や性別を示している。AA(African American)またはB(Black)は黒人、W(White)は白人、A(Asian)はアジア人だ。Gはゲイ、Lはレズビアン、M(male)は男性、F(female)は女性だ。尋ね人広告を出したGWMは『ゲイの白人男性』ということだ。WMならば『(ゲイではない)白人男性』だ。最後の『LTR』というのはロング・ターム・リレイションシップ、末永い付き合いを望むという意味だ。
 そのページを一通り読み終えると、滝田は大きくため息を吐いた。
 寺本が好きだ。多分片思いだ。
 しかし今度ばかりは大岩に相談する訳にはいかない。日本に電話して兄に相談するのも無理だ。兄は心配してアメリカまで飛んでくるかもしれない。或いは「馬鹿野郎」の一喝で終わるかもしれない。滝田の周りの誰も正しい答えをくれはしないのだ。
 携帯が鳴った。ディスプレイを見た。寺本からだ。電話に出ると、心配そうな細い声が聞こえてきた。
「……もしもし? あの……家に掛けたら留守だったから。あの……今、大丈夫?」
 好きになると、その相手の細かい所がすべて気になる。そして好きになる。仕草、癖、口調。
 寺本の「もしもし」が好きだ。『し』の音が受話器を通して滝田の鼓膜を震わせる。中学英語で習ったSHの発音だ。多分寺本は口を尖らせている。それがもう一度聞きたくて、滝田は黙った。
「もしもし? あれ?」
 滝田は目を閉じた。切なくなってきた。
「切れちゃったのかな…」
「すみません。聞こえてます」
「運転中?」
「いいえ。塾の職員室です」
「あ、仕事中なんだ。あの…切った方がいい?」
「いいえ。他の先生もいないし、授業もありませんから」
「あ、そう。あの…急に飛び出してっちゃったから。僕、何か悪い事言ったかなと思って」
「ええと…」
「ん?」
「…今度の土曜日、行っていいですか?」
「今日、これから来る? 僕がそっちに行こうか? あ、仕事があるのか」
 滝田はしばらく考えた。
「やっぱり、今度の土曜にします」
 滝田の心の中でひとつの決意ができつつあった。できあがるには、一週間は掛かるような気がした。



「いらっしゃい。ラムシチュー作ったんだ。赤ワインたっぷり。食べるよね?」
「どうやらボクは、寺本さんのことが好きみたいです」
 玄関ドアの外でコートを着たままの滝田が言った。悩んでいたはずが、自分でも驚くほどすんなりと思いを口に出すことができた。今言ってしまわないと言うタイミングを逸してしまう。言った後、気が楽になった。
 赤ワインの香りの漂う部屋で、寺本は黙って突っ立っていた。滝田はつかつかと家の中に入り、いつも通り勝手に靴を脱いだ。
「寺本さんはゲイだけど、ボクのことはあくまでも友達としてしか見てないのは重々解ってます。でも、一応言っておいた方がいいかと思って」
 奥まで来て長いソファに腰をかけた。
「好きだけど、別に、だから付き合ってくれとかそういうんじゃないんです。気持ち悪かったらごめんなさい。今まで通り、時々会って、おしゃべりしてくれればいいんです。ただ……」
 滝田が次の言葉に詰まった。言いたかったのはこれなのだ。これだけ言えばいい。これだけ言ったら、後は今まで通り仲の良い友人として付き合って貰えばいいのだ。
「ただ……なあに?」
 立ったままの寺本がいつもに増して柔らかな口調で聞いた。
「ただ、やっぱり…好きな人が…他の人との…あの…そういう話をするのは…」
「下品だったね、ごめんね」
「ボクが悪いんです。調子に乗っていろいろ聞いちゃって。寺本さんだって聞かれれば話しますよね。だから、もう聞きません」
 滝田はソファの背もたれに仰け反った。すると寺本はいつも座る短いソファではなく、長いソファの、滝田のすぐ隣に腰を掛けた。滝田は驚いて飛び上がりそうになる。
「ありがとう…」
 聞こえないほどの声で寺本が言った。それから滝田の両腕をギュッとつかんだ。
 滝田の方が力は強いはずなのだが、何故か身動きができなかった。言葉を失った。せめて寺本が微笑んでくれたら救われるのだが、寺本は険しい顔をしていた。
 まもなく寺本の体が仰け反った滝田に下りてきた。瞼を閉じた寺本の唇が滝田の目の前に迫る。
「…そ、そんなつもりじゃないんです」
 やっとの思いで滝田が叫んだ。寺本が目を開けた。
「いいんです。無理しないで下さい。片思いには慣れてますから」
 すると寺本は笑ってまた目を閉じた。
 寺本の肌はきめが細かい。こんな近くで見るのは初めてだが、近くで見れば見るほどきれいな肌だ。閉じた瞼からバサバサと生えたまつ毛は、アメリカに来てからよく見るオオゲジという脚の長いムカデを思い出させる。
 そんなことを考えていたのは、ほんの数秒だっただろうか。二人の唇はぴったりと重なり合っていた。
 キスなんてもう四年もしていない。渡米直前に亮子としたサヨナラのキス以来だ。でも今日の唇は違う。もっと厚い、ルージュの匂いのしない、赤ワインの香りのする唇である。キスの仕方なんて忘れてしまった。
 重なって数秒して、やっと滝田は思い出したように強く目を閉じた。普通目を閉じる。それだけは憶えていた。
 寺本の唇は重なったまま動かなかった。滝田は身動きひとつできず、肩を怒らせながらひたすら目を閉じていた。
 一分は重なっていただろうか。長い一分だった。静かに寺本の体が離れた。
「今日、泊まっていくよね」
 泊まる。それがどういう意味なのか、頭を整理しなくてはならない。滝田は寺本が好きだと言った。でも付き合ってくれとは言っていない。片思いでいいと言った。その後寺本は滝田にキスをした。そして泊まっていくよねと言った。それがどういうことなのか、考えなくてはならない。
 今まで何度もこの家には泊まっている。しかし今夜は状況が違う。違う状況にしたのは滝田だ。泊まる。その意味を考えなくてはならない。
「大丈夫。何もしないよ」
 そんな心配をする滝田の気持ちを察したのか、寺本が紅潮した頬で笑いながら言った。
「シチュー、温め直すね。ビールじゃなくてワインだね。乾杯しよう」
 その後、二人は食事をして、チェスをして、それぞれシャワーを浴びて、いつものように沢山おしゃべりをして、酒を飲んで、滝田はソファで寝てしまった。



 その後も週末には必ず会った。外に食事に出ることもあれば、映画を観に行くこともあった。レンタルビデオを借りることもあった。映画はいつもSFかサスペンスだった。男女の濃厚なラブ・シーンが出てくると、寺本は目を逸らした。
 そして夜は、酒に酔うかビデオの途中で寝てしまう滝田はソファの上、寺本は寝室のベッドというそれぞれの所定の場所で寝た。寺本は滝田のために大きなサイズのパジャマを買ってきてくれたが、それに着替えて寝ることは皆無だった。
 もうこれは「付き合っている」ということなのだろうか。プラトニックな関係の恋人同士といったところか。三十を過ぎて、プラトニックとはとんだ笑い話だ。
 会話の合間にゲームをすることも多かった。オセロとバックギャモンでは、たいてい滝田が勝った。
「強いね、隆二くんは」
「チェスはいつも寺本さんが勝つでしょ?」
「慣れてるってだけだよ。もうしばらくすれば君には敵わなくなる」
 お互いを見つめ合って、ただ黙っていることもある。寺本に見つめられると、滝田は動悸が激しくなる。そんな時改めて、「ああ、ボクは寺本のことが好きなんだ」と感じた。指を絡ませてビデオを観ることもある。
 そんな関係が一ヶ月ほど続いた。
 滝田には今の自分の状況がよく解らなかった。ままごとのような付き合いだった。あれ以来寺本は滝田にキスをしてこない。滝田の方からする勇気もなく、ただ時間だけが無駄に過ぎていった。

 寺本の家の暖炉の上にはいくつかの写真が並んでいる。アメリカ人であれば両親や兄弟の写真を飾りそうなものだが、そういった写真は一枚もない。
「友達が来る度に、君は家族の写真を飾らないのかって聞くんだ。なんか、日本人が親の写真を飾るっていうのも気恥ずかしいよね。見張られてるみたいだし」
 友達と一緒に写っている卒業式の写真。大学院の卒業式だろう。黒いガウンをまとい、房のついた博士帽を被っている。今よりかなり若々しい寺本が、友達と肩を寄せ合い屈託のない笑顔を見せている。寺本の隣にいるのは小柄で小太りのそばかすだらけの白人の女性である。この女性は他の写真にも必ず写っている。最初この部屋に来るようになった頃は、この女性が寺本の恋人、或いは元恋人なのだろうと思っていた。
 寺本のベッドのナイト・スタンドの上の電話の横には、滝田がBMWのオートバイにまたがってだらしない顔で笑っている写真が飾ってある。前任者から引き継いで調子の悪いまま三週間で廃車になった、あの忌まわしいオートバイである。その写真を撮ったのはその前任者の横山だ。
《かっこいいだろ? またがってみろよ。写真撮ってやるよ》
 そんな言葉にだまされ、ついへらへらと笑ってしまったのだ。
 寺本にその話をした時、寺本はその写真を見たいと言った。捨ててしまってもいい写真だったが、後で捨てればいいだろうととりあえず机の引き出しに入れ、そのままにしていたのだ。引き出しの奥底にしまわれていた写真をやっとのことで探し出して見せると、寺本はじっと写真に見入った。
「好きだよ、この写真」
「ええ? なんか馬鹿面じゃないですか?」
「かっこいいよ、すごく。この写真、もらってもいいかなぁ」
「こんなのでよかったら」
 寺本はその写真を持ち帰り、こうして写真立てに入れて枕元に飾った。滝田は寺本のタキシード姿の写真を一枚もらい、自分のベッドの枕元に置いた。夜寝る前は必ず手にとって見入った。いい年齢をして、中学生の恋のようだった。

 間もなくクリスマス休暇に入り、塾では冬期講習が始まる。アメリカ中がホリディ気分に浸る中、塾の子供たちには勉強漬けの日々が始まる。
 缶ビールを両手に持った寺本がキッチンからリビングに入って来た。
「オートバイの写真ね、本当は暖炉の上に飾りたいんだけど、あそこじゃピアノの生徒に見えるし…」
 寺本からビールを受け取った滝田が言った。
「ありがとうございます。そうですよね。ボクは寺本さんの写真、枕元に置いてるんです。寝る前におやすみなさいが言えるから」
「うん、そうだね。やっぱり暖炉より枕元の方がいいか。一緒に寝てるって感じがする。毎晩寝る前にキスして、寂しい夜は抱いて寝てるんだ」
 寺本のキスを思い出して、滝田は顔が熱くなった。オートバイにまたがった間抜け面の滝田は、毎晩寺本にキスして貰っていた。本物の滝田は一度だけだ。写真の中の自分に嫉妬したのは初めてだった。
「あの…平気なんですか?」
「何が?」
 上目遣いで、しどろもどろに言った。
「その…ボクのこと……好きなんでしょ?」
 でかい図体で何言ってるんだ。これじゃまるで、カワイコぶった女子高生じゃないか。いや、今時女子高生だってこんな態度は取らない。
「好きだよ、大好きだよ」
 滝田はため息を吐いて下を向く。
「あの…一晩中一緒なのに、何もしなくて平気なのかなって。もっとも、ボクは興奮しちゃうほど魅力的じゃないけど」
「興奮しちゃうほど魅力的だよ」
「あ…そうですか……」
 滝田はまた下を向いた。そしてビールを一気に飲んだ。
「気にしないで。どうしても我慢できない時は、夜中に君の寝顔を見ながら自分で済ませてるから」
「え?」
 滝田はビールを持ったままソファから立ち上がった。寺本は声を出して笑い始めた。
「ははは、ごめんごめん、恐かった? でも、そうでもしないとね、寝てる君に襲い掛かっちゃいそうだから。そのくらいは勘弁してよ」
 そう言って寺本は片目をつぶった。滝田はビールの空き缶を握りつぶした。
「それ、もう空?」
「あ、ああ…はい」
「もっと飲む?」
「…いえ、今夜はもう寝ます」
「そっか。明日仕事だもんね。それじゃ、おやすみ。今日こそ寝室のベッドまで自分で歩いて行ってね」
 寺本は笑いながら立ち上がり、テーブルをずらしてソファベッドを引っ張り出した。
 滝田は寺本に近付き、膝を曲げてその唇にぎこちなくキスをした。そしてつぶやくように言った。
「おやすみなさい…」
 寝室に入り、奥のバスルームで歯を磨き、それからベッドに潜り込んだ。シーツは寺本の匂いがすると期待したが、乾燥機の柔軟材の香りしかしなかった。
 寺本は今夜も寝顔を見に来るだろうか。
 その時は、無理矢理にでもこのベッドに引き入れて、今夜二人は結ばれるのだ。何が何でもそうするんだ。寺本が抵抗しても、そうするんだ。そう決めた。
 しばらく寝室のドアを見つめていた。間もなく来る。あのドアが開いて、入って来る。
 寝た振りをした。

 寝た振りをして、目が覚めたら朝になっていた。
 早起きした滝田が寝室を出ると、寺本はまだソファベッドの上で仰向けに寝ていた。実は起きているのではないかと顔を近付けてみたが、その顔はピクリとも動かなかった。
 ソファベッドの傍らに正座して、しばらくその寝顔を見つめた。
 静かな寝息が聞こえる。肩を出して、胸まで毛布を掛けている。長袖の白と紺のストライプのパジャマだ。昨日シャワーを浴びた後は部屋着を着ていたが、寝る前に着替えたらしい。いつも滝田はソファで寝てしまうので、寺本が床に就く姿を見たことはなかった。朝も寺本の方が早く起きる。寺本の寝息とともに、パジャマの胸の上のシーツがゆっくりと上下する。顔はやや蒼白いような気がする。閉じた瞼のまつ毛が目立つ。 許されるならこのままずっとこの寝顔を見ていたい。そう思わせるほどきれいな寝顔だった。
 夕べ、寺本は寝室に来たのだろうか。滝田はどんな顔をして寝ていたのだろう。よだれを垂らしたりはしていなかっただろうか。その顔を見て、寺本は、…したのだろうか。
 滝田の寝顔を見ながら自分の股間に手を当てる寺本の姿を想像した。
(お、やばい)
 滝田の股間も反応してきてしまった。
 寺本は全く起きる気配がない。もっと見つめていたいがそうもいかない。一度アパートに戻ってスーツに着替えて、すぐにでも塾へ行かねば。今日は月例模擬テストだ。
 寺本を起こさぬよう静かに着替えた。
『今夜、また来ます』
 レシートの裏にメモを書いてテーブルの上に置いた。

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