射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 1-9 【危険】

 その日、塾の月例テストの監督を終えた滝田は、塾から寺本の家に直行した。  十二月に入ってから、一日中車のFMラジオからクリスマス・ソングが流れている。去年までの滝田には、そんな音楽もただの宗教音楽か、懐メロか、幼稚園で習う歌くらいにしか聴こえなかった。
 日本では、甘いクリスマスもなかった訳ではない。しかし今年、今日この日ほど、胸踊らせるクリスマスはなかったような気がする。その滝田の気持ちを象徴するかのように、陽気なラテンのクリスマス・ソングが流れていた。プエルトリコ出身の歌手、ホセ・フェリシアーノの歌う『フェリス・ナビダッド』だ。
「クリスマス・プレゼントは、あ・た・し」などというのは使い古されたギャグのような話だが、今夜滝田はその「ボ・ク」を、イブには少し早いがプレゼントすることにした。いいトシをしたウドの大木のようなこの男が、果たしてプレゼントに値するのかどうかは疑わしいのだが。
 夜は深々と更け、その晩はかなり冷え込んだ。バスローブを着た寺本がガレージから薪を出してきてリビングの暖炉にくべた。滝田も寺本のバスローブを借りた。
 暖炉の火は柔らかな温かさだ。滝田のアパートにも暖炉がある。燃える火を見ていると、心まで温まるような気がする。
 寺本が裏庭で拾ってきたという松ぼっくりをひとつ投げ入れた。ぼっと燃えた。滝田もひとつ投げ入れた。乾いた松ぼっくりはよく燃えた。火遊びをする子供のように、二人は顔を見合わせて笑った。それから順番にひとつずつ投げ入れた。炎はその都度音を立てて燃え上がり、しばらく二人は並んで座ったまま、その揺れる炎を見つめた。頬が熱い。
 寺本の肩にそっと頭を載せてみた。
 まだ濡れた寺本の前髪から雫がひとつ、滝田の額にぽとりと落ちた。
 寺本が手を差し出し、滝田を寝室に招き入れた。
 二人はベッドの上に向かい合って座った。
「本当に…いいの?」
 遠慮がちに寺本が聞いた。
「いいんです、決めたんだから」
 少し投げやりに聞こえたのだろうか、寺本は心配そうな顔になった。
「無理してするようなことじゃないんだよ」
「無理してません」
 それから寺本は少し考え込むような顔になった。
「どうしました?」
「いや…あの……」
「はい?」
「…………どこまで…いいの?」
 どこまで? と言われても…………
「途中まで、ってのがあるんですか?」
「いや…、ええ…と、ま、できれば……」
 歯切れが悪い。
「僕は、最後まで…が…………好きなんだけど…」
「それじゃ最後までお願いします」
 中途半端は嫌だ。ここまで引き伸ばしてしまったのだから、きちんとするべきことはして欲しい。
「え…っと……君は……どっち……」
「寺本さんが好きなんです。だから抱いて欲しいんです」
 寺本がとろけるような顔をした。それから滝田はハッとした。
「抱いて欲しい」でよかったのだろうか。滝田の方が「抱く」のだろうか。事前に聞いておくべきだった。そう言えば寺本は「腰を抜かされる」のであった。ということは、彼は「抱かれる」側なのだ。しかし、だったらわざわざ滝田はどっちがいいのか聞く必要もないだろうに。男同士は解り難い。でも、もし滝田が「抱く」のであれば、男の抱き方なんて知らない。「抱かれる」方が楽なのだろうか。黙ってじっとしていればいいだけなのだろうか。それとも「抱かれる」側も、何らかの行動をしなくてはならないのだろうか。
 男同士は尻の穴にいれる。そのくらいは聞いたことがある。他にいれる穴もない。難しいのだろうか。あんな物が、あんな場所に入るものだろうか。そもそも向きが逆だ。鼻毛や耳の穴の中の細かい毛は、ゴミ等が体外へ導かれるように外に向かって生えているという。尻の穴の中というのはどうなっているのだろう。向きを考慮してできているのだろうか。最も向きの誘導が求められる場所だと思うが。
 そんなことを考えながら、滝田はバスローブを脱がされた。静かにゆっくりと脱がされた。それから寺本は自分のバスローブも脱いだ。生まれたままの姿の二人は、ベッドの上に座ってお互いを見つめ合った。
 この家にはカーテンがない。部屋の電気は消えているが、月の明かりで寺本の顔も体もはっきりと見える。
 男の裸など珍しくない。プールでも銭湯でも、嫌というほど見ている。しかし今目の前にある体は、滝田を興奮させた。今まで抱いたどの女の子よりも、興奮させた。
 寺本の裸を見るのは初めてだ。以前タンクトップ姿は見た。意外に筋肉が付いていることは知っていた。裸になると、胸から肩にかけてかなりの筋肉がついているのが解った。彼は着痩せするのだ。鎖骨がきれいだ。喉から肩にかけて真っ直ぐに伸びている。驚いたことに二の腕は滝田より太い。肘から下は細く伸びているのに。しかしバランス的にはおかしくない。
 端整な顔立ちからは想像できないほどの筋肉質な体である。そして眩しいほどきれいだ。彫刻のようだ。社会の教科書で見たミケランジェロのダビデ像のようだ。
 そして二人は座ったまま唇を重ねた。三度目のキスである。そして今までで一番長いキスだ。寺本の熱い舌が入ってくる。滝田の前歯の裏をなめた。戸惑いながら伸ばした滝田の舌に絡み付いた。そして抱擁。胸と胸が擦れ合った。温かい胸だ。
 そのまま滝田は静かに仰向けに倒された。暖炉の薪がパキッと音を立てて崩れた。
 本当に…いいの?
 いいか悪いかなんて、本当は滝田にも解らない。でも寺本のことが好きなのは確かだし、今こうして肌を重ねていることも全く不快には感じられない。
 男を好きになったのは初めてだ。これを恋と呼ぶのか、単なる年上の男に対する憧憬の念なのか、滝田にもよく解らなかった。本当にいいのか、本当はよくないのか、滝田の方が寺本に聞いてみたいと思った。そして寺本が本当に滝田を求めているのであれば、滝田はそれに応じたかった。
 そして滝田の体は確実に反応している。寺本の唇に反応している。首、胸、脇腹と体の至るところに寺本の唇が当たる。こそばゆい。キスされた所から水面の波紋のようにこそばゆさが拡がって行く。
 寺本の口に含まれた胸の先端が硬くなってこりこりしている。男である自分がこんなところに敏感になれることに驚いた。しかし気持ちが良いというのとは違うだろう。くすぐったいやら、恥ずかしいやらで、じっとしているのも辛い。それでもだんだんとおかしな気持ちになってきた。熱い舌が小さな先端を転がす。転がしては吸い、転がしては吸い、その都度滝田は気を失いそうになる。目を閉じた。
 滝田の大きくなった物が寺本の腹に当たり、はやくも爆発寸前である。舌は胸から徐々に滝田の下半身へと下りていった。へその奥を舌の先でなめた。寺本のまつ毛が腹に当たった。滝田はへそのすぐ横に小さなほくろがある。舌はそのほくろをなめた。なめながら、右手で滝田をつかんだ。体が痙攣した。
 舌は更に下がった。そして、その舌がそこに到達しそうになった時、滝田は寺本を制した。
「そこは、ちょっと……」
 寺本は動きを止め、頭を上げて驚いたように滝田の顔を見た。
 握られているだけでも恥ずかしいのに、まさかそこに舌がやって来るとは。まさか寺本は、こんな物を口にするつもりなのだろうか。そんなことをされたら、即座にいってしまいそうで恐かった。
「すみません…できたら右手も…」
 滝田が言うと、寺本は優しくうなずき右手を離した。
 舌はへそからまた上に上がり、それから滝田はうつ伏せにされた。肩甲骨に沿って唇が動いた。ムズムズする。もがきたくなるのを必死に抑えた。唇を動かしながら、寺本の手が滝田の尻をなでまわした。ムズムズが倍になった。耐えた。
 自分の体が、自分の体ではなくなってしまったようだ。黙って、ただされるがままだった。視力まで弱ってしまったようだ。焦点が合わなくなってきた。
 そして滝田の体からすべての力が抜けた頃、寺本の胸がぴったりと滝田の背中につけられた。後ろから滝田の耳を軽く噛んだ。それから耳たぶを口にくわえて言った。
「いれるよ」
 滝田が息を飲んだ。
「君…大丈夫?」
 滝田は下を向いたまま黙ってうなずいた。
「前向いた方がいい?」
 黙って大きく首を振った。
 滝田の腰がふわっと持ち上げられた。尻に硬いものが当たった。
「痛かったら言ってね」
 それを聞くと、脱力状態だった滝田の体が急に硬くなった。
 そうだ。痛いんだ。「抱かれる」側だって楽じゃないんだ。女の子だって最初は痛いんだ。しかも男の場合、本来入れるべきではない場所だ。濡れてもいない。入るものだろうか。あんな物が、あんな場所に。逆向きに。寺本の物が、滝田の…
 恐くなった。
「うわっ」
 次の瞬間、滝田の尻の穴が軟らかな物に濡らされた。
 な、何をしてるんだ、この人は。
 舌が穴の周りで小刻みに動いている。信じられない。生温かい。舌が離れた。それから寺本は穴にフッと息を吹き掛けた。ヒヤッとして、ビクッと肩が震えた。次は穴の中まで舌の先が入ってきた。
 パニックだ。頭の中が真っ白になった。息を止めた。
「息止めちゃ駄目だよ」
 女の子が処女を失う時というのは、いったいどんな気持ちなのだろう。
 滝田が初めて女を知ったのは浪人時代の夏だった。童貞喪失というのは男にとっては名誉ある瞬間である。だから、愛する人が相手ならば迷いもなければ後悔もない。後に残るのは満足感だけだ。長年引きずってきた重い荷物をやっと下ろせたような、そんな幼い喜びだけだ。しかもその前後では自分の体には何の変化もない。しかし女の子の場合、明らかに変わるような気がする。自分の体にポッカリ穴が空くのだ。滝田は処女を知らない。痛くて泣くとか、出血するとかいう話も聞いたことがある。
 男の場合勲章になり、女の場合傷になる。そんなの不公平だ。ならばその不公平の均衡を保つものは何なのだろう。
 今自分はまさに処女を失う直前の処女なのだ。まだ間に合う。でも愛する人に体を捧げたい。愛する人とひとつになりたい。でも体に穴が空いたら、何かが変わってしまうのではないか。滝田の場合、別に穴が空く訳ではない。元々空いている穴だ。しかしそこを異物が通ったら、何かが変わってしまうのではないか。そんな不安が頭をよぎった。自分は男だ。でも今は女だ。でも自分は女じゃない。
「やっぱりやめよう」
 黙っている滝田を見て寺本が言った。滝田が振り返った。離れようとした寺本の腕をつかんで言った。
「待って」
 すると子供をあやすような口調で寺本が言った。
「いいんだよ、無理しなくて。僕はこれで十分だから。ありがとう。大変だったでしょ」
「…でも……」
 せっかく決めたのに。
「君が嫌がることはしたくないんだ」
 ベッドから下りながら寺本が言った。
「心配しないで。自分で出してくるから」
 自分で………。
 滝田の顔が赤くなる。
「君は寝てて。すぐ戻るから」
 月明かりの中、寺本の股間が悲しいほどいきり立っているのが見える。その辛さは、男の滝田には十分過ぎるほど解る。
「寺本さんが好きなんです。だから、お願いです、やめないで下さい」
 寺本はしばらく黙って立っていた。
 そして、再びベッドの上に乗った。
 滝田は自ら四つん這いになり、下を向いて目を閉じた。
 寺本の指が滝田の穴の周りを何度も擦った。先程の粘着質な唾液はまだ乾いておらず、その指の動きは滝田の腸を刺激した。気持ち悪くなってきた。
 ベッドが微かに揺れている。滝田はこっそりと少しだけ振り向き、寺本の下半身を見た。
 寺本が、膝をついて右手を動かしている。右手の動きと共に、ベッドが小刻みに揺れている。滝田の穴を見つめ、左手でその穴をいじりながら、右手を動かしているのだ。
 いたたまれない。消えてしまいたい。いれていい。でもお願いだから見ないで欲しい。
 寺本は両手で滝田の尻を拡げた。
「あ」
 硬い物が当たった。ぬるっとしている。それが動くと激痛が走った。滝田がうめき声をあげた。数ミリ進むと、滝田の肩が痛みに震え出した。寺本の唾液と先走りだけでは、滝田の青い門への侵入は不可能だった。
「あ、そうか、やっぱり痛いよね」
 寺本の体が再び離れ、彼はベッドから下りて寝室を出て行った。
 呆れたんだ。がっかりしたんだ。
「やめないで下さいよ、お願いだから…」
 滝田は枕に顔を押し付けた。
 ボクはやはり駄目な男だ。情けなくて悔しい。いかなる時にもロマンチックな状況を作れないのだ。
 寺本が戻って来た。手には黒いボトルを持っている。
「ルーブを塗るから。ちょっと冷たいけど」
 滝田は意味が解らず黙って寺本を見つめた。
「下向いて」
 言われたとおりにした。
「腰、もっと上げて」
 寺本に腰を持ち上げられ、滝田はシーツに両膝をついた。カチッというボトルの蓋を開ける音がして、滝田の穴に冷たい液体が垂れた。冷たい。大学の友達が話していた潤滑剤というやつだろうか。大きな体がぶるっと震えた。
 それから指が入ってきた。
「うわっ」
 滝田はまたぶるっと震えた。ぬるぬるしている。とても冷たい。そして痛い。息を止めた。
「息、止めないで」
 途中までいれたところで、寺本は滝田の顔を覗き込んだ。滝田は固く目をつぶった。痛い。でも先程よりはマシだ。指は一番奥まで入った。不思議な感覚だった。穴よりも腹が痛くなった。
 指を一度抜いた。滝田も息を抜いた。
 次にもっと沢山の指が入ってきた。二本か、三本か、そんなのは解らない。透明の液体が数滴シーツに垂れた。痛い。しかし力を抜く余裕ができた。穴の中が痙攣しているのが滝田にも解った。腹の中で指が回った。滝田の息が漏れた。大きく息を吸って、また息を止めて歯を食い縛った。
 優しい声が聞こえた。
「力抜いて」
 そんなの無理だ。でも、歯を食い縛ってところで痛みは変わらない。
「痛い?」
 痛いに決まっている。しかし滝田は必死に首を振った。
 指が抜けた。空洞となったほら穴に冷たい風が吹き込む。
「あっ」
 滝田の腹の中に、寺本がゆっくりと滑らかに入ってきた。冷たい感触と一緒に、腹がいっぱいになってきた。少しずつ、滝田の様子を見ながら進んでいるのが解る。途中何度も滝田の広い背中にキスをした。
 壁時計の秒針の音がいつもより大きく響いている。いったい今何時なのだろう。二人がベッドに入って、もう一時間以上は経っているはずだ。
 ゆっくりと時間を掛けて寺本が入ってくる。やはり指より辛い。腸が破裂しそうだ。吐きそうだ。痛い。痛い。激痛だ。
 そしてすべて入った、のだろう。
 そのまましばらく、寺本は滝田を強く抱き締めた。滝田の背中で荒い息遣いが聞こえる。
 やがて寺本の体は静かに動き出し、液体の匂いが辺りに拡がった。滝田が感じるのは痛みだけだ。
 その直後、腸の中で何かがはじけるような感覚があり、ほんの数秒で運動は終了した。寺本は滝田の背中に倒れこんだ。
 ずっとついていたヒーターのスイッチが切れた。二人の熱気で部屋全体の温度が上がってしまったようだ。滝田は体がうっすらと汗ばんでいるのが解った。
 暖炉の薪は既にすべて燃え尽きてしまったらしい。プスプスと炭の冷える音がする。ヒーターが切れると、部屋には更に大きく時計の音だけが響いた。
 背中で寺本の規則正しい呼吸が聞こえた。カチコチという秒針の音に合わせて、一秒毎に息を吸っては吐いた。
 ショックが大き過ぎて、目を閉じることもできない。
 何てザマだ。
 映画やドラマで初めて結ばれる二人は、もっと自然で、もっと普通で、もっとロマンチックだ。なのに、これじゃまるで麻酔なしの外科手術の後だ。かっこ悪すぎる。
 やがて寺本の呼吸は二秒毎になった。
 それが三秒毎になった時、寺本の体がゆっくりと起き上がった。まだ滝田の中に入ったままだ。もう痛いという感覚も麻痺し、下半身が自分から離れてしまったようだ。
 そして甘い声がささやいた。
「僕は終わったけど、君は終わってないよね」
 終わるどころか、あまりのショックに萎えてしまった。
「どうする? 僕が終わらせても、いい?」
 寺本の手が滝田の脚の付け根を伝わって前の方へ来た。
 それは困る。
「このまま……寝ます」
 そう言うと滝田は下を向いたままシーツに倒れこみ、一瞬で記憶を失くしてしまった。

 首筋に生温かさとこそばゆさを感じて滝田は目を覚ました。寺本が滝田の喉元にキスしている。喉から耳の後ろにかけて、何度も何度も唇を当てている。柔らかな髪が滝田の頬をくすぐる。髪の匂いを嗅いだ。
「あ、ごめん、起こしちゃった」
 尻の穴がひりひりと痛い。まだ外は暗い闇だ。
 寺本は真っ直ぐに滝田を見下ろした。寺本の髪は乱れ、いつもより頬が赤い。滝田の額に手を当てて寺本が言った。
「痛かったでしょ。ごめんね」
 滝田は黙って首を横に振った。
「顔を見せて」
 寺本は身を乗り出し、両肘をついて滝田の頬に手を当てた。
「ずっと、君のことが好きだったんだ。初めて会った時から、ずっと」
 細い指が頬をなでる。
「ずっと、こうしたかった。ずっと、こうなりたかった」
 滝田の眉間にひとつキスをした。
「ずっと、友達でいいって思ってた。そばに居られれば、それでいいって。でも、もしかしたらって、ずっと待ってた。待ってたら、来てくれた。嬉しかった」
 最後の「嬉しかった」は音にならなかった。
「全然気が付かなかった。ボクは鈍感だから」
「気付かれないように注意してたから」
「気付かれたら…困るんですか?」
「嫌われるのが恐かった。気付いたら君は逃げるでしょ? 気持ち悪いものね。気付かれて去られるより、親しい友人として側にいる方を選んだんだ」
「どういう気持ちでボクに女の子を紹介してたんですか?」
「自分を抑える特効薬。マゾ、かな?」
 寺本がクスッと笑った。
「それで、ずっと自分を抑えるつもりでいたんですか?」
「さあ、それはどうだろう。いずれは抑えられなくなったかもしれないね。その時は、どうしてたかなぁ。君は、これでよかったの?」
「解らない」
 本当に解らなかった。「よかった」と言うべきだったのに、馬鹿正直に「解らない」と答えてしまった。本当に気の利かない男である。
 すると、大きく見開いた寺本の目から一筋の涙が流れた。
「え?」
 滝田は目を丸くして少し状態を起こした。
「そうだよね…ごめんね」
 寺本の目からあふれるように涙が流れては落ちた。滝田は慌てて右手の親指で寺本の涙をぬぐった。
「ごめんなさい、ボク、変なこと言っちゃって…」
「ううん、ごめんね、ホント、ごめん」
 寺本は滝田の広い胸に顔をうずめて静かに泣いた。滝田は寺本の少し汗ばんだ髪に何度もキスをして、大きな手でその髪を何度もなでた。少しウェイブのかかった髪が滝田の指に絡みついた。
 どうして寺本が泣くのだろう。普通この場合、泣くのは処女を失ったばかりの女の子の方だ。滝田の胸で、寺本が息を殺して肩を小刻みに震わせた。震える声でまた言った。
「ごめんね…」
「謝らないで下さい。ボクの方こそ、ごめんなさい」
「ごめんね……」
 女の子が後悔するかどうかは、きっとこれからで決まるのだろう。男の場合、大人の儀式を済ませたという充実感だけで、その後の事まで考えはしない。でも女の子の場合、その相手と今後どうなっていくかで、その思い出は美しくなったり醜くなったりするのだろう。
 愛を確かめ合った男と女には結婚というゴールがある。しかし、愛を交換し合った男二人には、いったい何が待っているのだろう。
 男は女の最初の男になりたいと願い、女はその男の最後の女になりたいと願うという。寺本は滝田の最初の男だ。滝田は寺本の最後の男になるのだろうか。何人目なのか、何十人目なのか、何百人目なのか。
 先のことなど、誰にも解らない。
 朝までまだもうひと眠りできる。滝田の胸が寺本の涙で濡れた。滝田はその長い腕で寺本の背中を力いっぱい抱き締め、目を閉じた。
「寺本さんのこと、大好きです」
 滝田の胸に顔をうずめたまま、寺本が小さく「ありがとう」とつぶやいた。



 翌朝、滝田が目を覚ますと寺本はおらず、枕元にメモがあった。
『おはよう。早朝から仕事なので、起こさないで出掛けます。また電話します。XXX』
 夕べのことは何も書いてなかった。確かに何を書いたらいいのか、寺本にも解らなかったのだろう。「ごめん」と書くのも変だし、「ありがとう」でも変だ。きっと最後の『XXX』が彼の精一杯の愛情表現だったのだ。『X』はキスを意味する。
 寺本の書く文字は読み易い。達筆というのではないが、癖のない形の良い字である。筆圧の弱いところが上品さを感じさせる。彼の書いた『XXX』の文字を見ただけで、今朝の滝田は胸が熱くなった。ベッドに仰向けに寝たまま、しばらくそのメモを繰り返し読んだ。
 思い出すのはこの家に初めて泊まった晩。明くる朝、目覚めると寺本のメモがあった。その時は何も感じなかった寺本の文字。同じ文字なのに、今朝はこんなに滝田を興奮させる。文字を見て興奮したのは生まれて初めてだ。
 首筋に寺本の唇を感じたような気がした。寺本はいないのに、体中のあちこちを突付かれるような感触がある。夕べ寝ている間も、夢の中で寺本になで回されたような気がする。肛門が痛くて何度か目を覚ました。
 大きくひとつため息を吐くと、今度は笑いが込み上げてきた。誰も見ていないのに、うつむいてほくそ笑み、だんだん恥ずかしくなってきた。
 今日も仕事に行かなくてはならない。今日から冬期講習だ。ちくちくする肌で丸一日授業をしなくてはならない。生徒に気付かれなければいいが。
 それにしても、肛門が痛い……

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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

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