射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 1-11

「今年も年末は帰れないんだよ。みっちり授業なんだ。正月休みも短いから」
 やはり滝田のところにも、実家から電話が掛かってきた。
「ちょっと、掛け直していいかな?」
 一刻も早く部屋から出なければならない。佐藤に教えて貰ったジェット噴射のダニ退治の缶のタブを、たった今押したばかりなのだ。電話を切り、慌ててアパートの外に出て赤いマスタングに乗り込み、携帯から実家に電話した。
「もしもし? あ、うん、大丈夫。春休みもどうかなぁ。夏休みは…少しは帰れるかもしれないけど」
 大学の頃、年末年始ほどつまらない時期はなかった。仲の良い友達はほとんど地方出身だったので、冬休みになるとみな帰省してしまい遊ぶ相手が東京からいなくなってしまうのだ。
 実家に親戚が集まったことによる感動も既になかったが、まだ学生だったので、お年玉を貰えるのは少し嬉しかった。しかしお年玉を貰ったからといって、喜び勇んでゲームソフトを買いに行く年齢でもなかった。
 小さい時には、よくゲームソフトを買うために秋葉原で徹夜で並んだものだ。そうやってやっとのことで手に入れたソフトも、最初に使うのはいつも兄だった。兄がいない隙を狙ってなんとか使おうとするのだが、いつも途中で帰ってきた兄に取られていた。泣きべそをかきながらも、また新しいソフトが出ると並ぶのは兄ではなく滝田なのだ。弟とはそんなものである。
「サクラちゃんの誕生日さ、何が欲しいか、お義姉さんに聞いておいてくれる? あ、そうだ。送るついでだから、まだ先だけどヨウスケの分も送っちゃう。それも聞いといて」
 電話の向こうで母親が「あと一年で戻って来るんでしょ?」と聞いた。昨日、校長から人事異動の打診があった。何が何でも帰りたかった以前とは、今は状況が変わっている。帰国は希望しない旨を校長に伝え、滞米の延長を申し出た。
「もうしばらくこっちで教えるよ。ところでさ……」
 少し間を置いてから、控えめに聞いた。
「…お母さんとお義姉さん、うまくいってるの?」
 あんなチャキチャキの江戸っ子とは喧嘩しようがない、と母が高らかに笑った。



「滝田、なんで立ってんだ」
「え?」
 そう叫んで滝田は慌てて下を向いた。壁にもたれて職員室の窓の外を見ながら、ボーッと寺本のことを考えていた。
「馬鹿、何考えてんだよ」
 坂口が大岩を横目に笑った。幸い大岩は電話中だ。
「でかいのがボーッと突っ立ってると邪魔だって言ってんだよ。休み時間くらいゆっくり座ってろ。夜まで体が持たないぞ」
「あ、はあ…」
 確かに朝から夜までみっちり授業の入っている冬期講習、一日中立っている日が続く。座って授業をしてもいいのだが、何となく座ると生徒に申し訳ないような気がするのだ。
 その日は冬期講習の最終日で、塾の忘年会を兼ねて間もなく帰国する渡辺の送別会を開いた。渡辺の後任の講師も既に着任しているので、彼の歓迎会も兼ねた歓送迎会である。年末のタコツボはいつも以上に賑わっていた。
 寺本に会えたのは渡辺のお蔭だ。「お疲れ」という代わりに思わず「ありがとう」と言ってしまった。渡辺は「はあ」と首を傾げたが、すぐに「今までありがとう」と滝田が言い直したので「ああ、こちらこそ」と納得したように頭を下げた。こいつは一番気の合う同僚だった。そう思うと少ししんみりしてしまう。渡辺も感慨深そうに、「連絡、取り合いましょうね」と言ってくれた。
 夜の十時を過ぎてからの宴会だったため会は真夜中過ぎまで続いた。最近は寺本とばかり会っていて、塾の同僚と話す機会がなかった。久し振りの同僚との会話は楽しいものであった。最近付き合いが悪いと皆に責められた。潔く白状しろと坂口に頭を小突かれた。
 大岩が贅肉だらけの腹を出してへそ踊りを始めたのには閉口したが、日本人しかいないタコツボならそれも許されたようだ。あちこちで日本企業の忘年会らしきグループが羽目を外している。校長がカラオケで『マイウェイ』を歌い出したが、誰も聴いていなかった。
 会も終わりに近付くと、やはり寺本に会いたくなった。大岩が尻を半分出して踊り始めた時、校長が「お開きにしよう」と叫んだ。タコツボから寺本の家は近い。お約束の一本ジメの後、粉雪の舞い散る中、滝田は胸を躍らせ寺本の家に向かった。

 次の日の朝、滝田は半分夢の中で、パタンとドアが閉まる音を聞いた。
 それからリモコンで車の鍵を開ける音。走り去るエンジンの音。
 でもまだ夢の中だ。
 枕元の電話が鳴り始めた。
 うるさい。眠い。鳴り止まない。シーツを被ったまま、手だけ伸ばして受話器を取る。
「ん……もしもし?」
 取ってしまってからハッと目が覚めた。自分のアパートのつもりでつい出てしまったのだ。寺本の実家からかもしれないではないか。電話の相手は何も言わない。まずい。そのまま切ってしまおうかと思った時だった。
「モシモーシ、サトル? オハヨウゴザイマス」
 低い女性の声だ。日本語だ。寺本の母だ。この前と打って変わって明るい声だ。
「寝ぼけてるのね。日本の夢でも見てたの?」
 きれいな日本語を話した女性は、今度はベラベラと英語を話し始めた。
「もう一週間も会ってないから私の声なんて忘れちゃった? この薄情者。サンタさんは来た? 私、今日実家からこっちに戻ったのよ。みんなも戻って来てるわ。今年の大晦日はうちでカウントダウンすることになったの。来るでしょ?」
 恐ろしく早口である。一方的にしゃべっている。このまま寺本の振りをしてもいいのだが、それも気が引けて仕方なく言葉を遮った。
「…あの…ボク…、サトルじゃありません。彼は出掛けました」
「あら、そうなの。えっと…、もしかして、あなた……リュージ?」
 突然名前を呼ばれて唖然とする。
「……あ、はい…」
「ラッキー・ボーイのリュージね。ホントだ、セクシーなバス・バリトンだわ」
 その女性の方こそかなり低い声だ。
「私はデビーよ。あなたの王子様の同僚なの。あなたね、サトルの目の中の林檎」
 滝田が相槌も打たないのに、デビーと名乗るその女性はひっきりなしに話し続けた。
「彼、ここんとこ、すっかり付き合いが悪くて。あなたのせいよ。どうしてくれるのよ。なあんて、冗談、冗談、あははは」
 早く寺本が帰って来てくれればいいのだが。
「どうなの? その後、うまく行ってる?」
 やっとこちらが口を挟む余地ができた。
「あ、はい……」
「どう? 慣れた? もう痛くない?」
「いえ…まだ…少し……え?」
 更に目が覚めた。
「やったぁ、ひっかかったぁ。へえ、そうなの、ついに。おめでとう」
「…あ、ありがとうございます」
 …って、お礼を言ってどうするんだ。
「大丈夫よ。最初だけらしいわよ、痛いのは。みんなそう言ってる。もっとも私には何とも言えないけどね。あんな所、突っ込んだことないから」
 何だかすごい事を言っている。女の人の口からこんな言葉を聞いたのは初めてだ。
 昔から誘導尋問には弱かった。この女性に話してもよかったのだろうか。
「あなた、サトルのこと、遊びじゃないわよね?」
「え? そんな、本気ですよ、ボクの方から先に好きだって言ったんだから…」
「そう、それを聞いて安心したわ。彼、ずっと片思いだったから。いつも不安そうで」
 寺本はこの女性に随分と前から滝田のことを話しているらしい。
「遠い目をしてね、今、辛い恋をしてるんだ、なぁんて言っちゃって」
 それに比べて滝田はというと、塾の同僚、生徒、すべてに寺本の存在を気付かれないように常に警戒している。
「とにかくよかったわ、悔しいけど。私、ずっとサトルが好きだったから」
「え?」
「明日の夕方、いつものバーに来てってサトルに伝えて。みんな集まるから。もちろんあなたも一緒に来てね。あなたに会えるの、楽しみにしてるわ」
 デビーからの電話を切ると、玄関のドアが開いて凍るように冷たい空気が入ってきた。
「ただいま。ああ…寒かった。雪、すごく積もってるよ。中はあったかいね」
「おかえり。たった今、デビーって人から電話があった」
 滝田は寝室から出た。
 寺本が抱えた茶色の紙袋から長いフランスパンが飛び出している。いつも姿勢のよい寺本だが、寒さのせいか背を丸くして、震えながら小走りでキッチンに入った。
「電話、自分の家と間違えて出ちゃった。ごめんね」
「別にいいよ。彼女、何だって?」
 キッチンの流しの横に紙袋を置いた。
「明日の夕方、いつものバーに来てくれって。ボクも一緒にって」
「了解。今、フレンチトースト作るからね」
 そう言いながら、寺本は冷蔵庫を開けて卵とバターケースを出した。滝田がキッチンカウンター越しに、伏せ目がちに言った。
「…それとね」
「ん?」
「ボクたちが、その……こうなったって、うっかり口を滑らせちゃって」
 冷蔵庫の扉を閉めながら、寺本は上を向き声を出して笑った。
「そりゃいいや、話す手間が省けた」
 紙袋からフランスパンと牛乳を取り出した。
「デビーとは長い付き合いでね、ものすごく世話になったんだ。彼女がいなかったら今の僕はないよ。親友ってとこかな」
「ふうん」
 滝田は何だか不思議な気持ちがした。女性の親友。不思議な響きだった。恋愛対象が男性である寺本ならば、確かに女性の親友がいてもおかしくはない。
「彼女、ボクに会いたいって。楽しみだな」
「いいの? 会ってくれるの? 恥ずかしくない?」
「会いたいよ。ボクは寺本さんの普段の生活は何にも知らないんだから、少しずつ知って行きたいよ。みんな、ボクが寺本さんを知るずっと前からの友達なんだもの、きっといい人たちだよね。楽しみだよ」
 寺本は卵を割ってボウルに落とした。
「みんな気のいい連中だよ。きっと君も好きになる。明日の夕方、大丈夫?」
「うん。冬期講習も終わったし、ずっとここにいるよ」
 滝田は目を擦りながらキッチンに歩いて入る。寺本は菜箸で器用に卵のカラザを取り流しに捨てた。左手でボウルを押さえて、菜箸で卵をかき混ぜながら滝田を見た。その視線が下がった。
 滝田は何も着ていない。ハッとして滝田も下を向いた。朝ゆえに大きくなっている。それを見つめながら寺本が言った。
「…朝御飯作る前に、それ、どうにかしようか」
 滝田は両手で股間を押さえた。
「え…っと、大丈夫だよ、トイレ、行ってくる…」
「そんな寂しいこと言わないでよ」
「あ、うん…」
「駄目?」
「……いいけど、寺本さん、元気だよね」
 滝田は苦笑いでごまかす。
「君が悪いんだ。すごくいいから」
 滝田の心臓が高鳴った。
「今までの分、一気に取り返さなきゃ。覚悟しててね」
「か、覚悟?」
 寺本は滝田の首筋に頬を押し当てた。
「すごく好きだ」
 体をぴったりとつけて、滝田の喉元にキスをした。そして背中に手を回して言った。
「好きな人に好きって言えるのは、すごく素敵なことだ」

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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

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