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射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 1-13

 あと数時間で2003年が終わる。
 ついこの間まで、こんな大晦日が来るなんて滝田は夢にも思わなかった。
 小高い丘の上にあるデビーの家に次々と仲間が集まる。呼ばれた仲間は、更に自分の仲間を連れて来るので、いったい何人集まるのか、デビーにも見当がつかないという。
「行かないの? タイムズスクエア」
 着ぐるみのようなミンクの毛皮のコートを着たジェネヴィが、特大サイズのスパークリング・ワインをデビーに渡しながら言った。白い顔が寒さで真っ青になっている。
「トシ取るとね、人ごみが苦手になるのよ。テレビで観てりゃ十分よ。あなた達、行きたいなら今から二人で行ったらどう? オノボリさん」
「失礼ね。高々二百年ちょっとの歴史しかない国の人に言われたくないわよ。でも、ま、確かに面倒だわね。外はパリより寒いし。どうしてこんな寒い所に文明が栄えたのかしら」
 すると隣でケイトが、ジェネヴィがコートを脱ぐのを手伝いながら言った。
「そうね。メイ・フラワー号もフロリダ辺りに漂着すればよかったのに」
 寺本はあちこちの部屋を回って滝田を友達に紹介した。車を降りてからつないだ手を一度も離さなかった。トイレも一緒に行った。手をつないだまま用を足すのは難しかったが、どうしても手を離したくないとダダをこねる寺本に、滝田は逆らえなかった。
 トイレから戻ると、寺本はキッチンから呼ばれてしまった。中国人の留学生に「魚をさばいてくれ」と頼まれたのだ。誰かが魚を丸ごと一匹持って来て、それで寿司を作ってくれとキッチンに置いていったというのだ。日本人だってそんな無謀な事はしないと思うが、日本人はそうするものだと誰かが言ったそうだ。まったく偏見もいいところだ。
 寺本はつないだ手をじっと見つめてから、滝田に「一人で大丈夫?」と聞いた。滝田が「大丈夫だよ」と答えると、寺本はデビーに「リュージをよろしくね」と言って渋々手を離し、後ろをちらちらと見やりながらキッチンへと入って行った。
 滝田から寺本が離れるや否や、仲間たちが待ちかねたように滝田に近付いて来た。「サトルの新しい恋人、しかも本気」ということで誰もが滝田に興味を示し、次から次へと質問を浴びせ、かなり突っ込んだことを聞く男達もいた。滝田が返答に困っていると、ボブが自分の新しい恋人の話を始め、その隙にデビーが片目をつぶって滝田に手招きをした。
 デビーの後に着いて、滝田はビールを持って地下室に移動した。広い地下室のビリヤード台では、デビーの知らない男達がエイトボールを楽しんでいた。
 滝田は奥のホーム・バーのカウンターの椅子に座り、部屋を見回しながら言った。
「大きい家だね。一人で住んでるの?」
 デビーはカウンターの裏に回り、冷蔵庫から冷えたビールを取り出した。
「今はね。友達から格安で買った家なの。最初は友達三人が居候してたんだけど、みんな結婚して出てっちゃったわ。築五十年以上だけど、結構手入れがいいでしょ」
「そうだね。お城みたいだ」
 ビールの王冠をひねってゴミ箱に捨て、デビーもカウンターの椅子に座った。
「あなた、本当に素敵な低音ね。少しハスキーなところもセクシーだわ」
「はあ…セクシーねえ…」
 滝田はため息を吐いた。
「みんなあなたに興味津々なのよ。だから質問攻めで。許してやってね、フィガロ」
「何?」
「バリトンの色男よ」
「…色男なんかじゃないよ」
 滝田は極々平凡な、日本から来たサラリーマンだ。寺本の恋人にはとても見えない、何の変哲もない、タダの男だ。
「そんなことないわ。あなた、とっても素敵よ。可愛い顔してるし」
 可愛い顔と言われてしまい、滝田は少し照れる。お世辞と解っていても、少しホッとして心が温まった。アメリカ人でもお世辞を言うものなんだな。
「今日は楽しい日なんだから、楽しいこと話しましょうよ」
「うん、ものすごく楽しいよ。年末をこんな風に過ごすのなんて初めてだから。日本の年末年始は、たいてい家族と一緒に過ごすんだ」
「あなたも去年まではそうだったの?」
「日本ではね。こっちに来てからは、仕事があってそんなに長く休めないから、一時帰国はしないで、こっちで同僚と飲んでたな」
「まあ、寂しいわね。ご両親、会いたいでしょうね、可愛い息子に」
「その代わり、夏休みには極力帰るようにしてる」
「そう言えば、サトル、グリーンカード取ってから全然日本に帰ってないんじゃないかしら。感謝祭の連休やクリスマスもたいてい友達の実家に行くし。私の実家にもよく来るわ」
「へえ、どこなの?」
「ミズーリ州よ。私の両親は、彼のこと、私の恋人だと思ってるの。お蔭で私、親の前ではサトルにキスし放題なのよ。ゲイだってこと隠すためにね。サトル、うふ、可哀想に、黙って耐えてるわ」
 デビーが本当に嬉しそうに笑った。
「…キスし放題…ねぇ」
 滝田は顔をしかめた。
「だってゲイだなんて解ったら追い出されちゃうわ。うちの親は敬虔なカトリック教徒だから。中西部は保守的よ。ミズーリなんてついこの間までソドミー法があった州ですもの」
「ああ、サトルもそのこと言ってた」
 アメリカにはかつて州法レベルで「ソドミー禁止法」というものが存在した。同性愛を禁じる法律だ。「ソドミー」とは、「不自然」で「異常」な性行為のことで、一般に男性同士の肛門性交を指す。旧約聖書の『ソドムとゴモラ』から取った言葉だ。日本でも「ソドミー」という言葉は「男色」という意味でよく使われる。しかし広義には男女間も含めた肛門性交とオーラルセックス、そして獣姦を指す。こうした生殖に結び付かない性行為を禁じた法がソドミー禁止法、或いはソドミー法である。
 以前は全米すべての州にソドミー法が存在した。その後ほとんどの州で無効となったが、2003年六月時点、ミズーリ州を含むいくつかの州に州法として残っていたのだ。
 そして今年六月、アメリカ合衆国連邦最高裁が「ソドミー法は違憲である」との判決を下した。成人同士の合意の上での性行為を犯罪とする州法は、例えそれが同性同士であろうと、合衆国憲法の定めるところの「プライバシーを守る権利」に反していると判断されたのだ。ソドミー法を持つテキサス州で肛門性交中に現行犯逮捕された男性二人が提訴した訴訟であった。彼らは一躍ゲイたちのヒーローとなった。
 アメリカでは合衆国憲法とは別に、各州に独自の州法が存在する。日本国憲法とは別に各都道府県に条例があるのと同様だ。州法は当然憲法に則した形で定まっているのだが、時折その州法が憲法と照らし合わせて矛盾しているのではないかという訴訟が起きる。
 テキサス州のソドミー法が連邦最高裁に違憲と判断されたことにより、同法を施行する他の州においてもこの法は無効となった。男性同士で肛門性交をすることが、全米で「合法」となったのだ。
「アメリカのどこでお尻に突っ込んでも逮捕されないわよ。よかったわね、おめでとう」
「…………」
 この女性はホントに…。
「なんか変よね。お尻に入れていいのか悪いのか、裁判で決めちゃうなんて」
「…君は…嫌だな、とか、…思わなかったの?」
「何が?」
 少し戸惑ったが正直に言った。
「だって、男同士で…。僕だってついこの間までは、やっぱり気持ち悪いって思ってたよ」
「私は別に思わなかったわ。どうしてかしらね」
「サトルのこと、好きだったんでしょ?」
「今でも好きよ」
「そのサトルが…その…そういう事してるって知って…嫌にならなかったの?」
「そういうあなたはどうだったのよ」
「あ…」
《寺本さんが男を好きだろうと、女が好きだろうと、寺本さんであることには変わりないですから》
 それから滝田は目を細めて首を傾げた。
「……でも…」
「あれほどとは思わなかったんでしょ」
「………」
 図星というやつだ。
「すごいらしいわね、サトルって」
 そう言って滝田の顔をじっと見つめた。滝田が気まずい顔になる。
 やはりあれは「すごい」分野に入るのか…。
「すごい事、してるのよね、あなたたち」
 滝田は慌ててビリヤードをする男たちの方を見た。何も聞こえていないようだ。デビーに顔を近付け、小さな声で言った。
「ちょっと、想像しないでよ」
 デビーは滝田からビリヤードの男たちに視線を移した。笑いもせず、黙ってビールを一口飲む。
「いいなぁ。サトルと、やってるんだ、すごい事。気持ちが悪いっていうより…何だか…憎たらしいわね」
「…勘弁してよ、ボクだって恥ずかしいんだから」
 男たちは、今度は全員背中にキューを回した。必ず後ろ向きで打つというルールを作ったらしく、大騒ぎでゲームに興じている。
「へえ、恥ずかしいの」
 横目で滝田を見た。
「君だって恥ずかしいでしょ? そんな姿」
「確かにね。男同士だって、男と女だって、そういう姿は生々しいものよね。私とサトルが付き合ってても、誰も『やってるんだぁ』なんて言わないでしょうに、どうして男同士だとそういうの考えちゃうのかしらね」
「そうだよ。失礼だよ」
「そう思えば、別に男同士だってそれほど毛嫌いされることもないと思うけど」
「…やっぱり毛嫌いされてるのか」
 滝田はカウンターに両肘をついた。
「あら……ごめんなさい。一般論よ」
 ごまかすようにデビーが笑って言った。
「でも、気になっちゃうのよ。二本あるでしょ? どっちがどっちなんだろうって」
「……何?」
 デビーは早口で言ったので、滝田はよく聞き取れなかった。
「で、まだ痛い?」
 滝田の肩をポンと叩いた。
「もうその手には乗らないからね」
 滝田が毅然とした態度で言った。

 もう一時間は地下にいるだろうか。寺本はどうしているのだろう。滝田は少し気になってきた。
 デビーがバーカウンターの奥の冷蔵庫から新しいビールを出しながら言った。
「それじゃ日本人はクリスマスには何するの?」
「子供の頃は親と一緒にケーキとか食べるけど、若者は恋人とデートするんだ。日本の若者にとってクリスマスはとってもロマンチックなものなんだよ」
「まあ、キリストの誕生日がロマンチックなんて…」
「変と言えば変なんだけど、イブは恋人と過ごさなきゃいけないみたいな信仰があって」
 あの晩のことを思い出して、滝田は顔がほころんだ。
「それじゃ私、アメリカ人でよかったわ。私みたいに恋人がいない人はどうするのよ」
「友達同士で集まってワイワイ騒ぐんだ。ボクもたいていそのクチだったからね。七面鳥なんて日本のスーパーにはまずないから、みんなでケンタッキー・フライド・チキンを食べるんだよ。予約しておかないと売り切れちゃうんだ」
「やだ、うそ、信じられない。クリスマスにチキン?」
「あと、日本にはクリスマス・ケーキっていうのがあるんだ」
「クリスマス・パイよ」
「違うよ。ケーキなんだ」
「あ、ヨーロッパで見たことあるわ。ブッシュ・ド・ノエル、でしたっけ?」
「それとも違うんだ。ふわふわのケーキに白い生クリームが塗ってあって、その上に苺が載ってて、すごく美味しいんだ」
「楽しそうだわ。アメリカと逆なのね。ここではニューイヤーは友達と祝うけど、クリスマスはみんな家族に会いに帰るもの」
「みんなって……ボブも?」
「そうよ。どうして?」
「…いや…ボブの家族は…その…知ってるのかな、って思って」
「家族っていっても、彼のお父さんの所。お母さんとはとっくに離婚してて、お父さんはサンフランシスコで若い恋人と住んでるの。若いっていっても四十くらいだけど。チャイニーズ・レストランのシェフよ。もちろん、オトコ」
「ええ? そうなの?」
「そう、血筋なのね。叔父さんたちも、従兄弟たちも、親戚中そんな感じよ。でも、その血もボブで絶えちゃうのね。あそこのうちに遊びに行くと、みんな集まって裸で踊ってくれるわ。いい迷惑よ。どうしてゲイって踊るのかしら」
 世の中うまく行く家はうまく行くものだ。
「離婚した直後は、ボブ、お母さんとお姉さんと住んでたそうだけど、カミングアウトして、追い出されて、それからは会ってくれなくなったって」
 しかしなかなか百パーセントうまくは行かないものだ。
「ねえ、それでお正月は? 家族と一緒に何をするの? トランプ? カラオケ?」
「まず、大晦日の夜はみんなでテレビを観るんだ。最近はいろんな番組があるけど、ボクが子供の頃はみんな国営放送の歌番組を観てたんだよ。一年で一番盛大に行われる歌番組なんだ」
「それで?」
「その番組が終わるとね、お寺の鐘が鳴り出すんだ」
「あら、ベルが鳴るの? 結婚式みたい。ロマンチックね」
「え、ロマンチック? ううん…と、除夜の鐘もベルって言っちゃうとなんかイメージ違うなあ…」
「ジョヤノカネ?」
「君は本当に日本語の発音がいいね。そのベルのことを除夜の鐘って呼ぶんだ。テレビでは日本各地のお寺が紹介されて、テレビの中からも、近所のお寺からも、鐘の音が響いて来るんだ」
「すごくロマンチックだわ」
「それから家族で、近くの神社にお祈りをしに行くんだよ」
「ジョヤノカネは一晩中鳴ってるの?」
「ううん。百八回だよ。人間の煩悩の数なんだってさ」
「ボンノー?」
「仏教の言葉でね、人の心の中の欲望とか雑念とか。人間は煩悩があるせいで、心が乱れて悩むんだ。…なんか塾の授業みたいだね。嫌だな、こんな所で」
 滝田は苦笑いしてビールを一口飲んだ。
「そんなことないわ。どうしてボンノーの数だけ衝くの?」
「鐘を衝きながら、一つ一つ煩悩を消していくんだってさ。そうして雑念のない新しい年を迎えるんだ」
「それじゃ、あなたもカウントダウンしたらボンノーを追い払うの?」
 デビーが眉を上げて言った。
「ボクは無理だな。邪念だらけだ。寝ても覚めてもサトルの事ばかり考えてる」
「あら、ご馳走さま」
「大丈夫だよ。除夜の鐘もここまでは聞こえないから」
 つい一週間ほど前に結ばれたばかりなのに、もう既に滝田の体は寺本なしではいられなくなっている。
 この一週間で、いったい何回抱かれたのだろう。夜は疲れ果てて眠りに就くまで、朝も、昼間もだ。ベッドの上、シャワーの中、ソファの上。外に食事に出掛けても、寺本は突然滝田の手を引いてトイレに向かうことがある。寺本は恐ろしく元気だ。
 十九歳の夏に童貞を捨てて以来、こんなに立て続けにしたことはなかった。これだけ出して、もうすっかり空っぽかと思っても、寺本の手の中、口の中、一日に何度でも出てくる。薄くなって出てくる。つぶしてもつぶしても無尽蔵に出てきた中学生の頃のニキビのようだ。
 今こうしてデビーの隣に座っていても、寺本が恋しくて仕方ない。寺本の肌に触れたくて仕方ない。今すぐ寺本の手を取って、寺本の家に戻って、裸で抱き合い、ひとつになりたい。痛くてもいいから、ひとつになりたい。
(ボクは頭がおかしくなってる)
 滝田の目も耳も鼻も、そして舌も、心も体も、すべての場所で寺本を貪欲に求めている。誰よりも近くにいるのに、もっと近くへ行きたい。あんなに奥まで入ってくれるのに、もっと奥まで入って欲しい。あんなに愛してくれているのに、もっと愛されたい。もっと愛したい。両手で髪をかきむしっても、この切なさは癒せない。今の滝田は煩悩だらけだ。
 ビリヤードをしていた男たちがいつの間にかいなくなっていた。
「私、アジアとか仏教とか禅とか大好きなの。サトルが好きだから、日本語の勉強もしたのよ。難しい発音もマスターしたわ」
「それで発音がいいのか。最初電話で話した時、日本人だと思ったよ。ボクのこと、きちんと『リュージ』って呼ぶのはデビーだけだし」
「サトルの英語も訛りがないでしょ? サトルの英語の先生はね、私なのよ。私も日本語の訛りをなくすから、あなたもきれいな英語を話しなさいって、厳しく指導したの。私はきちんと夜に語学学校に通って日本語を勉強したけどね。サトル先生は駄目よ、厳しくないから」
「そうか。サトルのために語学学校まで通ったんだ」
「スコシダケネ」
 親指と人差し指で「少し」の形を作りながら、きれいな発音でデビーが言った。
「いい男は得よ。いい女もそうでしょうけど。黙って座ってるだけで周り中が面倒見てくれるわ。それが当たり前になっちゃって、甘ったれてるのよ、サトルは。人生なめてるわ。窮地に追い込まれても、必ず誰かが待ってましたとばかりに慰めたり助けたりしてくれて、それであの人、結局全然成長しないの。ある意味不幸かもね」
 ああ、それは不幸かもしれない。いささか羨ましい不幸ではあるが。
「だからあなたに片思いしてる時は、いい気味だって思ってたの。ホントはもっと苦しんで欲しかったんだけど……」
 デビーが睨むように滝田を見た。
「結局あなたまで甘やかしてるみたいね」
 声が更に低くなった。滝田は決まりの悪そうな顔でデビーを見る。
「…そんなことないよ」
「最初が肝心よ。子犬と同じで最初によぉく躾けておかないと、とんでもないところでお粗相するわよ」
「…解ってるよ」
 別に甘やかしている訳ではない。単に寺本に「お願い」と言われると何事も断れないだけだ。それを甘やかしていると言われてしまえばそれまでだが。
 あんなに大きなナリをして、寺本を目の前に言いたい事の半分も言えない様子だった彫刻家。彼も躾に失敗した一人なのだろうか。
「そういう私が、躾に失敗したいい例なんだけど…」
 ああ、ここにもいたか。
「犬と違って、紐付けてつなげておく訳にはいかないものね」
「ねえ、デビー」
「なあに?」
「ヒールって知ってる?」
「もちろんよ。ベイブでしょ? こっちに戻って来たみたいね。会ったの?」
「うん、あのバーでね」
「サトルも酷よね。ボブはあっさり振ったのに、ヒールとはあっさり付き合っちゃうんだもの。紹介したのはボブなのに。あの時のボブの落ち込みようったらなかったわ。ボブだって一応順序は踏んだのよ、珍しく、しおらしくね。いきなりやらせろって言った訳じゃないわ」
 ボブは駄目で、ヒールならよかった。何故だろう。彫刻のモデルをしているうちに愛し合うようになったと言っていたが。
「サトルとヒール、一緒にあのバーに来るようになって、ヒールったら、いつもカウンターで膝の間にサトルを挟んで一緒に座って。あの二人、ホント、仲良しだったのよ。ボブ、それを見るのが嫌で、一時期あのバーに行かなくなっちゃったの」
 バタバタと誰かが階段を駆け下りてくる音がした。そのトンビに油揚げをさらわれた男だった。頭にウサギの耳を着けたその男が叫んだ。
「こんな所にいたのか。始まるぞ。早くテレビの部屋に来いよ」
 デビーと滝田は慌てて階段を上がり、テレビの部屋へ走って行った。
 中にはいつの間に集まったのか何十人という男女がシャンパンを片手にテレビの画面に見入っている。円すい型のパーティ帽を被る者たち、既に上半身裸の男たち、「2004」の中央の「0」二つがフレームになった妙な眼鏡を掛けている者たち。リビングや玄関ホールで騒ぐ連中を入れたら、軽く百人以上はこの家にいるだろう。
「まあ、私の家にこんなに沢山の人がいるわ」
「9、8……」
 テレビの部屋では既にカウントダウンが始まっていた。テレビ画面は、タイムズスクエアとそこに集まった何十万人という人たちを映している。みな、キラキラ光るクリスタル・ボールがゆっくりとビルの上から下りてくるのを見守っている。部屋の中ではテレビの他にラジオまでついていて、頭がおかしくなるほどの喧騒だ。
 滝田は寺本を探した。どこにもいない。人を掻き分け、テレビの近くまで行ったが見当たらない。どうしよう。間に合わない。
「寺本さん!」
 大きな声で叫んだ。周りの音にかき消されて自分でもよく聞こえない。
「5、4……」
 リビングから寺本が走って来た。キョロキョロと部屋のあちこちを見回している。
「ここだよ!」
「2、1…… Happy New Year!」
 部屋ではいっせいにファイア・クラッカーが鳴らされ、遠くで何発もの花火の音が鳴り響いた。テレビ画面には東海岸各地の花火の様子が映し出された。
 二人は静かに寄り添った。寺本は滝田の背中に手を回し、首を伸ばしてその唇に優しくキスをした。滝田は寺本を力いっぱい抱き締めた。ボブがヒューと口笛を鳴らした。デビーが「悔しい」と叫んだ。
 それから仲間たちはみなお互い抱き合ってキスをして、新しい年の訪れを祝った。寺本は滝田以外とは唇にキスをしなかった。
 テレビの中でも、みな誰かれ構わず抱き合いキスをし合っている。花火の音、テレビから聞こえる街の雑踏、ラジオから流れるラテンの音楽、それに誰かが弾くピアノの音が交ざって、みんながバラバラなダンスを踊り始めた。裏庭では爆竹が鳴り響いていた。

第一部 終

第二部へつづく

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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

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