射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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射手座の男 3

 夏休みも終わり、間もなく学園祭だ。
 オンコーズの復活コンサートに甲馬が友情出演することは、口込みでのみ伝えられた。伊藤教授に見つからないようにだ。大っぴらに宣伝できないのなら甲馬を入れた意味がないと広瀬が怒った。しかし「先生にバレたら出演できなくなる」という甲馬の脅しに広瀬は負けた。
「マジにこんなことしてていいんですか?」
 広瀬が少し心配そうに聞く。
「知らねえよ。ったく予選なんてめんどくせえ、何度も何度も」
「もうすぐ一次予選ですよね。土井さんと一緒に応援に行きますからね」
「いきなり本選やっちまえばいいのによ」
「でも予選の結果も重視されるんでしょ?」
「だったら人数減らせよ。待たされるの嫌いなんだよ。遊びじゃないんだから、予選も通らねえ奴なんか最初っから出て来るんじゃねえよ。迷惑なんだよ」
「ははは、ですよねぇ。ぼくなんて受けさせてもらえないけど、昔、学生コンとか受けてた頃は、目標は地区大会の予選突破でしたもん。度胸試しに受けられたんじゃ、審査員はたまんないですよね」
「………」
「コンマさん?」
「………ごめん、広瀬」
「どうしたんですか? 熱でもあるんですか?」
「オレ、サイテーだな」
 何となく慌しい毎日だった。気持ちに反して、土井の家でのバンドの練習には参加できなくなっていた。コンクールの課題曲は順調に仕上がり、自分でも納得できる域に達していた。伊藤教授も「あとは体調を万全にしておくだけですね」と言ってくれたので特に焦りを感じてはいなかったが、やはり緊張で少しピリピリしていることは確かだった。少しでも時間ができると、横にはならず、何故かマンションの周りを走っていた。体力には自信がある。
 予選を通る度に抱き付いてくる広瀬を蹴っ飛ばして憂さ晴らしした。



 オンコーズの学園祭コンサートは大成功だった。
 悔しいが舞台の上の寺本はかっこよかった。広瀬も首から下はかっこよかった。本当に女の子たちがキャーキャー言っていた。これが前に広瀬の言っていた「シンメトリー・コンビ」か。
 元ビートルズのポール・マッカートニーは左利きだ。彼のベース・ギターは左利き用だ。普通のギターとは左右が逆である。エレキ・ギターのジョン・レノンがボーカルを務める時、もう一人のエレキのジョージ・ハリソンとベースのポールがコーラスを担当し、右利きのジョージのエレキと左利きのポールのベースはスタンド・マイクを挟んできれいな左右対称(シンメトリー)となる。今と違って昔はマイクの数に限りがあったので、二人はひとつのマイクを共有していたのだ。両側からのマイクへの自然なアプローチも美しい。これは世のアマチュアバンドには憧れの形なのである。この形を作りたいがために、右利きであるにもかかわらず左利き用のベースに挑戦するマニアもいるくらいだ。
 広瀬は左利きだ。左利き用のバイオリンは滅多にないので、広瀬は最初から普通のバイオリンを弾いている。そういうものだと思って始めたから問題はないそうだ。かえって左手がよく動いて得なんじゃないかと偉そうに言っていたこともある。ギターも普通の右利き用のギターで問題はないだろうが、「女の子に受ける」と言って左利き用のエレキを買ったそうだ。値段は通常の物より高かったそうだが、十分買う価値はあったと喜んでいた。
 舞台の上で、寺本と広瀬は間にスタンド・マイクを置いてコーラス部分を歌った。背格好が同じようなものだったので、その姿はきれいなシンメトリーを作った。体を向け合い、同時に上半身だけひねって観客の方を向くと、その形はまるでハートのようになった。羽ばたく鳥のようにも見える。ギターの竿をどちらかが上げ、どちらかが下げると、それはあたかもハートに矢が刺さったような形になる。
 石を投げてやりたいほどかっこよかった。
 腹が立つ。全く腹が立つ。お蔭で甲馬がすっかり霞んでしまったではないか。
 ボーカルも確かにかっこよかった。英語の発音がいいだけで、どうしてあんなにかっこよく見えるのだろう。しかも本人によると、アメリカの歌はアメリカの発音で、イギリスの歌はイギリスの発音で、アイルランドの歌はアイルランド訛りで歌っているという。せめて音痴ならいいのに、奴はかなり有望なテノールだ。変声期前かと思うほど高い音が出やがる。年末にはド素人第九合唱団に引く手数多で結構稼ぐという。卒業後はイタリア留学が決まっているそうだ。そいつは生意気なことにフランス語のシャンソンまで歌いやがった。甲馬には何を言っているのかさっぱり解らないし、発音がいいのか悪いのかも全く解らない。それにフランス語は何となくカマ臭く聞こえる。しかしあんな歌をベッドで歌われたら、女は確実に即死だろう。
 甲馬は語学の選択でドイツ語を取った。ドイツ語では女はコロせない。空になったエアーポットのような発音では、ロマンチックなムードを醸し出す事などできないのだ。中学の頃から英語だけで脳ミソが爆発していたのに、高校に入って更にもうひとつ外国語を学ぶと知って気が狂いそうになったのを憶えている。ドイツが好きな訳ではない。土井がドイツ語を取ったから甲馬も取ったというだけだ。
 ボーカルの奴の父親は指揮者で、ずっとアメリカの楽団で振っていたという。母親はもう引退しているが二期会所属のソプラノ歌手だったそうだ。
 親が作曲家だの演奏家だの、この大学はそんな奴らであふれている。そうでなければ金持ちだ。
 自分の出番が終わった後も、甲馬は何とか舞台の上に残ろうとした。持参したタンバリンを叩いて踊ってでも目立とうとしたが、ボーカルの奴に促されて渋々舞台を下りた。さすがの甲馬も、英語がペラペラな奴には逆らえない。
 大人しく客席でバンドの演奏を聴いた。これでもう土井の家での練習はない。これから寺本を誘うにはどうしたらいいのか。奴の電話番号も知らない。知ったところで母親の出る電話に掛けるのは嫌だ。まめに学校で捕まえるしかないのだろうか。
 腕組みをして恐い顔で考えていたら、舞台の上の広瀬に迷惑そうな顔をされた。



 学園祭が終わると、甲馬には更に忙しい日々が訪れた。コンクールの本選だ。国内最大のコンクールだ。甲馬は高三の時に三位に入賞しており、今回満を持して二十二歳での再挑戦だ。寺本と会えない日が続いた。
 時々伊藤教授の部屋の窓から中庭を歩く寺本を見下ろすことができた。噴水の前に座って雑誌を読む姿もよく見掛けた。そんな時は練習の手を止めて、しばらくの間その姿に見入った。広瀬が迎えに来て、一緒にどこかへ行ってしまうまで。
 そのうち寺本の姿を見掛けなくなった。何気なく広瀬に聞くと、あの野郎、家族旅行だか何だかでアメリカに行っているという。オレがこんなに大変なのにいい気なもんだ。広瀬と一緒に本選を見に来てくれるんじゃないか、なんて、甘い期待をしたオレが馬鹿だった。
 当たり前だ。二年前に遊びで寝て、つい最近たまに一緒に食事をするようになった。オレ達はそれだけの仲だ。それだけの。
 そして結果、本選では見事に優勝を勝ち取ることができた。前評判どおりだった。結果発表の瞬間、広瀬が抱き付いてきたので、両親が撮った決定的瞬間の写真は広瀬のアップになってしまった。
 家族や親戚一同、学校の友達や近所の幼馴染みたちが連日祝杯をあげてくれ、音楽雑誌や新聞の取材もいくつか受けた。
 若くてきれいな女性記者が「今夜はゆっくり飲みましょう」と言ってくれた。甲馬よりいくつか年上のヨダレの出そうないい女だったが、丁重にお断りした。何故かその気になれなかった。丁重にお断りした理由は、その気になった時にいつでも誘えるようにだ。念のため電話番号は貰っておいた。
 マンションの留守電は、聞き覚えのない名前の女の子たちからの祝いのメッセージで、『録音テープが終わりました』ボタンが点灯していた。「優勝のお祝いにやらせてあげる」という内容が多かった。話題と寝たがる女は多い。面倒だからもう留守電はセットしないことにした。
 しかし威張るのが大好きな甲馬も、大学構内を大威張りで闊歩する気にはなれなかった。高校生で優勝したともなれば大手を振って歩けるだろうが、甲馬は既に大学院生だ。それにどの部門も毎年この学校からはたいてい誰かしら入賞する。優勝者もよく出る。国際コンクール入賞ともなれば話は違うのであろうが。
 入賞者の低年齢化が進んでいる。今回のコンクールのバイオリン部門は十五歳以上ならば出場資格があるので、ちょっとした高校生は学生コンクールの高校生部門ではなく、大学生に交ざってこのコンクールを受ける。そしてその中から優勝者が出ることもままある。
 去年、モスクワで開催されるかなり大きな国際コンクールの優勝者がこの音大から出た時の騒ぎは尋常ではなかった。同じ伊藤教授の門下の、甲馬よりいくつか年下の女の子だった。彼女は高一の時にこの国内のコンクールで既に優勝していたという伊藤門下でも別格の女の子で、しかもすごい美人だ。掴み所のない美しさが少し寺本に似ている。背が高くてスタイルも良く、子供の頃から美少女だった。弾いている姿を見ているだけで、甲馬は幸せな気分になれた。
 彼女の楽器はストラディバリウスだ。堂々たるストラッド弾きだ。彼女の妹はピアノを弾き、弟はチェロを弾いているという。世に言う「音楽一家」というヤツだろうか。甲馬の家族親戚に楽器を弾く者はいない。
 それでも甲馬は浮かれても罰は当たらない立場だった。しかし今ひとつ浮かれない甲馬は、やや謙虚な人格者扱いを受けた。別に謙虚な訳ではない。家族以外で、一番祝って欲しい奴に祝って貰えなかったからというだけだ。

 二番目に祝って欲しかった奴は、銀座の高級フランス料理屋で祝ってくれた。土井は父親名義のクレジットの家族カードを持っている。しかもゴールドカードだ。
 それにしても、野郎が二人でフランス料理という発想がこいつはおかしい。金持ちはやはりズレている。でもせっかくだから誘いに乗ってやった。
 店に入ってテーブルに通された時、「オレたち、ホモじゃないですからね」と甲馬は店員に念を押した。
「すごいよ、コンマ、おめでとう。乾杯しよう。シャンペンにしてもいいって、親父に言われてるんだ」
 ワインリストを見ながら土井が言った。
「ありがとよ。でも赤ワインでいいよ」
「遠慮するなよ」
「ロマネ・コンティ」
 ソムリエに向かって甲馬が言うと、ソムリエが「ホントにいいの?」という顔をして土井を見た。土井が「いいわけないだろう」という顔で甲馬に向かって「馬鹿野郎」と言った。
「遠慮するなって言ったじゃん」
「ああ、言ったおれが馬鹿だったよ」
「それじゃ紹興酒」
 土井は甲馬を無視してワインリストを閉じ、ソムリエに渡しながら「適当にお願いします」と言った。
 ソムリエは適当に赤ワインを持って来て、何やらウンチクを垂れ始めた。美味けりゃ何でもいいので甲馬は聞いていなかったが、土井はニコニコしながら聞いていた。意味が解っているのかいないのか、後で聞いてやろうと思う。
 土井は一口分グラスに注がれたワインを揺らして、息を吸いながら口に入れた。液体と一緒に空気を飲むと後でゲップが出るからやめてくれ。それから土井は偉そうにソムリエに向かってうなずいた。ソムリエも偉そうにうなずいて、やっと甲馬のグラスにそのワインを注いだ。
 この儀式は全く意味がないと思う。一口飲んで、「これじゃ嫌だ」と言う客は果たしているのだろうか。
 太った男と乾杯した。適当に持ってきたワインは本当に美味かった。一気に飲んだら店員がお代わりを注いでくれた。また一気飲みしたらまた注いでくれた。これは便利だ。歯医者の水道のようだ。土井が「手酌でさせときゃいいです」と余計な事を言った。
 ワインを飲んでいると、支配人だという男が挨拶に来た。男は土井に向かって「お父様はお元気でらっしゃいますか」と聞いた。土井はうなずいて、今日この場で甲馬を祝っている理由を嬉しそうに説明した。男は「それはおめでとうございます」と甲馬に向かって頭を下げた。
 支配人が去ると、土井が思い出したように言った。
「スズキから電話があってさ、おめでとうって伝えてくれって。直接掛けりゃいいのに」
「誰だ、そりゃ」
「スズキだよ。中学で同じクラスだったろ? 高校からもう海外行っちゃった奴。同じ伊藤門下だったんだろ? 憶えてないの?」
「ああ、あのフランス野郎か」
「フランスじゃないよ。ドイツに行ったんだよ」
「違うよ、楽器だよ。フランス製だ。顔はよく憶えてねえけど楽器はよく憶えてる。ありゃいい音だ。オレのイタリア製にはかなわねぇけど」
「うちの親父みたいだ」
「何だ?」
「患者の顔はいちいち憶えてないけど、手術の傷跡を見ると思い出すんだとさ。内臓の形とかな」
「そんな感じだ」
「お前、優勝したんだから、ストラッドとかガルネリとか買わないのかよ」
「馬鹿野郎、いくらすると思ってんだ。オレに買える訳ないだろ。素人が持てるような代物じゃねえんだよ」
 ふて腐れて赤ワインをもう一度一気飲みした。土井がワインクーラーに手を伸ばすと、すかさず店員がやって来て、甲馬のグラスにワインを注ぐ。その直後に支配人が再度やって来て、「店からのささやかなお祝いです」と、とてもささやかには見えないシャンペンを置いていった。深々と頭を下げて去って行く支配人の背中を見ながら甲馬はつぶやいた。
「お前の親父さんなら買えるだろうけどな」
 土井が習っているのがバイオリンだったら、こいつの父親は迷わず駅前の土地の百坪や二百坪は手放すだろう。
 そんなことを考えながら、甲馬はどこが美味いのかよく解らないフォアグラを口に入れた。あん肝に似ているがあん肝の方が素直な味だ。ガチョウの喉から直接胃まで管を通し、無理矢理流動食を食べさせ、体を動かせなくなるほどに太らせる。その肥大した肝臓がフォアグラだ。そんな残酷な物が美味いとは思えない。
「ここのフォアグラは最高だね」
 こいつの肝臓も肥大してそうだ。金持ちはやはり味覚も違う。
「ガチョウもいいけどさ、おれ、鴨のフォアグラも結構好きなんだ。正月にスズキが来るって言うからさ、一緒に赤坂の鴨料理に行こうよ。親父の許可も出てるんだ」
「で、そいつ、今どうしてるんだ?」
「早くに海外出たろ? ヨーロッパのコンクールとかで結構いい線行ってるって言ってた。親父さんは地元のオケで弾いてるって」
 そう言えば、スズキの父親はビオラ弾きだった。
「そっか。うちの学校、どいつもこいつもみんな海外行くもんな」
「お前は行かないのかよ」
「オレには伊藤先生がいるからな」
「ああ、そうだな」
 牛フィレはやはり絶品だった。土井が頼んだ鰻を赤ワインで焼いたとか煮込んだとかいう料理もほとんど甲馬が食べた。フランスにも鰻がいるとは初めて知った。蒲焼に負けず劣らず美味かった。こいつとホモになれたら、毎日美味い物が食えるのに。
 フランス料理を食べた後は、何故か無性にラーメンが食べたくなる。それを言うと、土井はタクシーで恵比寿のラーメン屋に連れて行ってくれた。
 甲馬が煙草を吸っている間に土井が行列に並んでくれた。死ぬほど美味いラーメンだった。並ぶ価値はあった。甲馬は並んでいないが。
 食べ汗を掻く土井の顔を見つめながら頬杖をついて、こいつに抱かれてあんあん言っている自分の姿を想像してみた。次に、オレに抱かれてあんあん言っているこいつの姿を想像してみた。
《土井さんのこと、好きなんだ》
《馬鹿。気持ち悪いこと言うな》
「…やっぱ駄目だわ、土井」
 甲馬は目を細めて首をひねった。
「何がだよ」
 どっちも駄目だ。

つづく
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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

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