射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 2-3

 四月の第一土曜日。明日から夏時間だ。
 ベッドに入った寺本は、思い出したように枕元の時計を一時間進ませながら、隣の滝田に言った。
「明日、デビーとモールに行くんだ。ボブのお父さんたちに結婚祝いを買うんだけど、一緒に来る?」
「うん、もちろん」
 二月にサンフランシスコに住むボブの父親と恋人のシェフが正式に結婚した。日本でいうところの「入籍」だ。
 アメリカには戸籍という制度はない。日本では出生から結婚、死亡に至るまでの一個人の歴史が戸籍という形で記録される。しかしアメリカでは、出生は出生証明書、結婚は結婚証明書、死亡は死亡証明書などの書類が個別に発行される。ひとつの家族や一人の人間に関する一貫した記録はない。そのため、婚姻により親の戸籍から抜けて新しい戸籍に入る、いわゆる「入籍」という形はない。結婚証明書の発行をもって法的に夫婦と認められ、国や州から夫婦としての様々な権利を得て、かつ義務を課せられるのだ。また職場からは夫婦としての福利厚生を受けられる。
 カリフォルニア州の州法は、結婚は男女間のみと限定している。しかし今年2004年一月にサンフランシスコ市長に就任したギャビン・ニューソムがそれに異議を唱えた。市長は「市民の平等」を定めた州法に従い、現存するあらゆる差別を撤廃すると主張している。その「差別撤廃政策」の一環として、二月に同性カップルへの結婚許可書発行を開始したのだ。同性同士の結婚を認めないのは、同性愛者に対する差別だと市長は訴える。公的機関が同性間の結婚を認めたのは、全米で初めての事である。
 その直後、キリスト教保守派団体らがこれを州法違反と提訴し、一ヶ月後にカリフォルニア州最高裁より許可書発行の差し止め命令が出された。わずか一ヶ月間の嵐のような騒ぎだったが、この間に四千組ほどの同性カップルが結婚許可書を受け取ることができた。
 ボブの父親とシェフは、差し止め命令が出される前のバレンタインデーに結婚許可書を受け取り、すぐに教会で結婚式を挙げ、牧師の署名を貰い、役所に届け、無事結婚証明書を手にしていた。この結婚証明書をもって初めて婚姻関係が成立する。
 許可書は手にしたものの、式を挙げる前に差し止め命令が出てしまったため役所が受け付けてくれず、結局証明書を貰い損なったという同性カップルもいたという。日本では結婚式を挙げずとも役所に書類を提出するだけで婚姻は成立するが、アメリカでは教会なり役所内の施設なりで必ず式を挙げなくてはならない。
「ボブが明日の飛行機で実家に行くって言ってたから、その前に渡そうと思ってね。新婚夫婦には、やっぱりお揃いの何かかな」
 二人は既に十年程前にボブ側の家族と親戚だけで形だけの結婚式を挙げ、指輪を交換し、以来お互いを「夫」と呼び合っていた。そして今回改めて、シェフの親戚も招待して、シェフとその家族が経営するチャイニーズレストランで盛大に結婚披露パーティを開くことにしたそうだ。
 日本の学校には三月の下旬から四月の上旬に掛けて春休みがあるが、アメリカでは三月、または四月に復活祭の連休がある。このイースター休暇にボブはサンフランシスコへ帰省し、結婚披露パーティでバイオリンを弾くという。カナダのバンクーバーに住むシェフの親戚もやって来るそうだ。二月にとるものもとりあえず「入籍」してしまった二人だが、シェフの親戚たちを説得するのに一ヶ月以上掛かったそうだ。結婚が事後報告ということで戸惑いを隠せない親戚もいたが、二人の説得の末、渋々パーティへの出席を承諾してくれたという。
 日曜日、寺本と滝田はデビーと一緒にショッピング・モールでお揃いのネックレスを買い、その足でボブの家に届けた。ボブは出掛ける直前だった。
 ボブは晴れ晴れとした顔で「ありがとう」と言い、肩からバイオリン・ケースを提げてサンフランシスコに旅立って行った。相変わらずタンクトップとホットパンツだった。頭にはうっすらと毛が生えつつあった。
「あれでパーティに出るのかな」
 滝田が首をひねった。
「どうだろう。あいつならやりかねない」
 寺本も首をひねった。
「どうせ最後にはみんな裸で踊るのよ。せめてシェフの親戚が帰ってからにした方がいいと思うけど」
 デビーがつぶやくように言った。
 とにかく、おめでたい。おめでとう、ボブ。いや、ボブのお父さんとシェフ。



 イースター休暇は一年で一番陽気の良い長期休暇だ。長い冬の終わりを感じさせる。まだ所々に根雪はあるものの、朝の日差しは冷たい中にも春の香りを漂わせている。
 塾の春期講習を終えた滝田は、あと残り数日は寺本と共に過ごす。休み中寺本に仕事が入ることもあったが、アパートで一人寂しく連休を過ごすより、寺本の家でテレビを観たり雑誌を読んだりして留守番をしている方が遥かに楽しい。何よりも、夜には必ず寺本は帰ってくるのだから。
 その日の朝、寺本の家の玄関のベルが鳴った。
「…誰?」
「誰も来る予定はないよ。小包かな」
 寺本は素肌にバスローブを羽織ると、ウエストの紐を縛りながらドアの方へ歩いて行った。
 寝室からリビングへ出ると、玄関ドアの横の窓の向こうに立つマサハルと目が合った。
 もう居留守は使えない。寝ていたと言えば済む服装だが、それより何より、目が合った瞬間、寺本はとっさに焦った顔をしてしまったのだ。壁の時計を見ると十時だ。寝室のドアをしっかりと閉めた。
「…やあ、おはよう、どうしたの?」
 玄関のドアを開けながら、寺本は極力平静を装って言った。
「おはようございます。この前のレッスンの時、ぼく間違えて先生の楽譜持ってきちゃって。早く返した方がいいかなと思って持って来ました。朝早くにすみません」
「そんな、次のレッスンの時でよかったのに。それにもう早くないよね。寝坊な僕が悪い。ははは、は、は……」
「でもまずいですよ、そんな格好で出てきたら。母が喜んじゃいますよ」
 バスローブの胸元が少しはだけている。通りの向こうでレクサスの運転席からこちらを見ていたマサハルの母が、「あらま」という顔をして会釈した。視線を落として裸足のくるぶしの辺りを見ているのが解った。寺本は乱れた髪に手をやって軽く頭を下げた。
「君…連休はどこにも行かないの?」
「兄が日本の高校全部落ちちゃって、そんな気分になれないって」
「あ、そうなの。そうか…それは残念だったね…」
「この連休はみっちり、発表会の曲を練習しますよ。あ、そうだ。発表会にぼくの塾の先生を招待しました」
「え?」
「滝田先生ですよ。ご存知でしょ? 結婚式で会われたとか」
「あ、ああ……………そう言えば、うん、会ったね」
 寺本は楽譜を受け取りながらごまかすように苦笑いをした。マサハルの視線が乱れた髪に行った。
 寝ていたのだ。髪が乱れていても不思議はない。寺本はそう自分に言い聞かす。
 しかしそれからマサハルの視線は、カムリの隣に停めてある赤いマスタングに移った。寺本は眉を潜め、目を閉じた。
「お取り込み中でしたか」
 小学生が真顔で言った。
「先生が焦るの、初めて見ました。その方がいいですよ、人間らしくて。無粋なことは言いません。ぼくは先生の味方ですから。母には適当に言っておきます。では失礼します」
 マサハルは気を遣ってか、自分でドアをバタンと閉めて母の車に戻って行った。寺本はドアの裏側で車が走り去るのを確認してから、滝田のいる寝室に戻った。気まずそうな顔をした寺本に滝田が顔をしかめて聞く。
「誰だったの?」
「マサハルくん」
「ええええ?」
 滝田はベッドから起き上がった。
「ねえ、塾の生徒って先生の車まで把握してる?」
「してないと思うけど。あの駐車場はすごく広いし、スーパーの客も停めるから出入りも激しいし。どの先生がどの車だなんて、とても解らないと思うよ」
 それに、まさか日本人があんなボロいアメ車に乗っているなんて、思いもしないだろう。
「そうか…。まあ、まさか君が泊まりに来てるなんて思いもよらないだろうしね」
 考えも付かないだろう。
「そうだよ」
「ピアノの発表会、来るんだって?」
「うん。マサハルくんが招待してくれたから正々堂々行けるよ。今日は? 仕事は?」
「何もないよ。コニーアイランド行って観覧車に乗ろうか」
「また? 寺本さん、あれ、好きだよね」

 イースター休暇も終わり、四月最後の日曜日、タコツボの近くの教会でデビーと寺本のピアノの生徒の合同の発表会が行われた。合同で行うのは今年が初めてだそうだ。二人とも大学の方が忙しくなり個人的に教える生徒の数を減らしたので、合同でやろうという話になったという。滝田はマサハルの招待客として、やや遅れて教会の礼拝堂に入った。赤いマスタングは少し離れた路上に停めた。
 最後にデビーと寺本が連弾をした。滝田の好きなディズニー音楽のメドレーだった。ひとつの椅子に二人並んで座り、時々顔を見合わせて微笑み合いながら、楽しそうに弾いていた。
 発表会が終わると、マサハルがデビーに近付き、「車は何に乗ってますか?」とこっそり聞いていた。



 春の香りは花の香りではない。住宅地のあちこちから漂ってくる肥料の臭いだ。
 冬の間暇だった芝生管理業者の男たちは、春の訪れとともに住宅街に続々と現れる。これから色とりどりの花を咲かせる庭に、肥料の混ざった土を敷いているのだ。肥料の臭いは堆肥ほどではないがかなり鼻を突く不快な臭いだ。寺本も滝田も、何年経ってもこの臭いには慣れることができない。
 早朝、にぎやかな鳥の鳴き声で滝田は目を覚ました。滝田の寝室の窓からまだ薄暗い森が見える。このアパートは森に囲まれており、森では鳥たちが争うようにさえずり合っている。滝田は隣の寺本を起こさないように静かに上体を起こした。
 リスが鳥を追いかけて木から木へと飛び移った。鳥たちは更に大きくさえずって、いっせいに木から飛び立った。
「あ」
 滝田の好きな真っ赤な鳥、紅冠鳥(こうかんちょう)が窓を横切った。ここに来て初めてこの鳥を見た時は、その美しさに目を見張ったものだ。
 深紅の法衣を身にまとった枢機卿(すうきけい)。カトリック教会においてローマ法王に次ぐ高位聖職者だ。その枢機卿(カーディナル)と同じ名前の高貴な赤い鳥、紅冠鳥(カーディナル)。元々赤は滝田の好きな色だったが、ここに来てこのカーディナルを見て更に赤が好きになり、車も赤い車を買ってしまった。中古車屋で赤いマスタングを見た時、この鳥を思い出してすぐにその車に決めたのだ。安かったせいもあるが。
「…誰か来たよ」
 まだ寝ていると思った寺本がうつ伏せのまま寝ぼけた声で言った。
「あ、ごめん、起こしちゃった? 誰も来てないよ」
「誰かドアをノックしてるよ。隣の部屋かな」
 滝田は耳を澄ました。確かにコンコンという音が聞こえる。しかしそれは玄関のドアからではなく、リビングの窓の方から聞こえる。
「ここ、二階なんだけど…」
 二人はベッドから下りて音のする方へ歩いて行った。
 恐る恐る窓の外を見ると、窓の目の前の樫の木にキツツキが一羽止まっている。キツツキは二人の方を一瞥すると、再び木の幹に向かってコツコツと軽快なリズムを刻み始めた。
 二人は顔を見合わせ笑い、キツツキを驚かせないように忍び足でベッドに戻った。
 ベッドの上で二人は、息を殺して肩を震わせ笑った。寺本の腕枕で滝田が言った。
「あそこに巣を作ったら毎日楽しいのにな。ボク、この森が大好きなんだ。ディズニー映画に出てくる森みたいだよね。この森にはね、いろんな動物がいるんだよ。鹿もよく見る。バンビのお父さんみたいの。親子でいるのを見た事もあるんだ。キツネもアライグマもいるし、もちろん鳥もリスも沢山いる。夜にはフクロウが鳴くんだ」
「君には森が似合う」
「多摩生まれの多摩育ちだからね。でもさすがにうちの近所に鹿はいなかったよ」
 寺本が滝田の耳に唇を当てて言った。
「…好きだよ。君のことが、大好きだよ。その身長に不似合いな可愛らしいところも、猫背なところも、滑らかな肌も、バス・バリトンの声も」
 二人はまだ明け切らない東の空を見つめた。
 夕べは「何も」しなかった。観覧車に乗って、映画を観て、食事をして、滝田のアパートに戻って、将棋をした。それから一緒にシャワーを浴びて、ただ抱き合って眠りに就いた。
 以前寺本が「たまにはただ肌を寄せ合って眠るだけ、そんな関係が好き」と言っていた。滝田も今は寺本のそんな気持ちが解るようになった。
「いつも生徒のことを考えてる優しいところも」
「それだけ?」
「いつもは二重なのに時々一重になる目も、甘いシリアルが好きなところも、ディズニー映画が好きなところも、お酒を飲むとすぐ寝ちゃうところも」
「そういうところも、何なの?」
「…え?」
「そういうところも、だから、何なの?」
 滝田は寺本の喉元に顔をうずめた。額を顎に押し付けると、微かに伸びた髭が当たって少し痛い。何度でも言って欲しい言葉がある。
「好きだよ」
「もっと言ってよ」
「好きだよ。全部、大好きだよ。まるで漫画みたいに、砂糖と塩を間違えちゃうところも、赤い鳥が好きなところも、毎朝形の変わる髪も、酔っ払うと浪人の話を始めるところも」
「意地悪だなぁ」
「ごめんね。怒った?」
「ううん、もっと言ってよ」
 寺本の人差し指が滝田の胸の先端に触れた。滝田の肩が震えた。
「この小さく尖がってる物も、広い胸も」
 その指が動き始めた。
「縦長のおへそも、小さなほくろも」
 滝田の胸からへその横のほくろまで、ゆっくりと線を描いた。
「…四角いお尻も」
 その指が滝田の後ろに回る。
「ここも」
 滝田が目を閉じた。
「全部、全部、大好きだよ。全部、僕のものだ」
 東の空が真っ赤に燃えて、新しい一日が始まった。


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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

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