射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 2-5

「ほら、はやく教室入れ。始まっちゃうぞ」
 授業開始のベルが鳴り、滝田は塾の廊下で走り回る子供たちの背中を叩いた。社会の授業を受ける五年生を全員教室に入れた後、自分も一番後ろの席に座った。
 五年生の社会を担当しているのは年長の坂口だ。彼は月に一度、授業の後半に「社会問題について語り合う」という機会を設けている。滝田はこの月に一度の語り合いの日にはなるべく参加する。子供たちの話を聞くのは楽しく、それに文系科目担当の滝田はいずれはこういった社会の授業を受け持つことになるので、今からしっかりと坂口の授業を聴講しておく必要があるのだ。
 坂口は普段から日米の新聞をよく読み、難しい内容の事件も小学生にも理解できるように解り易く説明してくれる。英語もかなり達者で、アメリカの新聞の面白い三面記事などを翻訳して紹介してくれることもある。今滝田がしている塾の新聞整理も、以前は坂口がしていた。
 坂口は博学な上に話し上手だ。適度に冗談を交え、生徒たちに興味を持たせ、知りたいという気持ちを煽るのが得意だ。
「先生。あたし、帰国子女枠で中学受けるから、社会は勉強しなくていいんでしょ?」
「受験科目に社会はなくても、作文や面接があるんだから、最低『今月のニュース』は読んでおいた方がいいぞ。ゴミ箱に直行とか言ったら、後ろにいるでかい先生が泣いちゃうぞ」
 子供たちが振り向いて滝田に注目した。滝田は作り笑いをしながら思わず軽く頭を下げてしまった。
「へえ、滝田先生が作ってるんだ」
「へえ、そうなんだ」
「マメじゃん」
「他に帰国子女枠で受験する奴いるか?」
 坂口が聞くと、数人の生徒が手を挙げた。
「御三家に帰国枠ってあるんですか?」
 滝田の前の席の男の子が言った。
「げ、おまえ、御三家受けるの?」
「記念受験」
「なんだそりゃ」
「うちはどこの中学受けるか、絶対言っちゃダメだってお母さんが言うんです」
「あ、うちのお母さんも言う。職場中にウワサが広がるからって。落ちた時みっともないからって」
「うん、うちも。合格したら話すって」
 クラス中が笑った。
「君らも大変だな、何かと」
 坂口がしみじみ言うのを聞いて、滝田も噴き出した。
「でもぼく、日本帰っても帰国子女じゃないですから」
「あ、ぼくも」
「ぼくも」
「そう。ぼくら、帰国子女じゃなくて『外国に住んでた日本の子供』だもん」
「どうに違うの?」
 日本から来たばかりの女の子が聞いた。
「帰国子女ってのは、ちょっと日本語がおかしくて、日本の常識がなかったりするからかっこいいんだ」
「ぼくは日本語ベラベラだからかっこわるいの」
「靴のまま教室入っちゃったりとかね。普通の子がやると怒られるけど、帰国子女だとかっこいいんだ」
「びっくりすると、オーマイゴーッドとか言っちゃったりして」
「女の子ならピアス入れてたりとか」
「でも、帰国子女っていじめられるんだよ」
「ホント?」
「日本で英語使うと嫌われるんだよ」
 坂口が大声で笑う子供達を見回しながら言った。
「先生が初めて海外に行ったのは新婚旅行なんだぞ。それが君らはこんな小さい頃から外国暮らしだ。うらやましい限りだよ」
「別に来たくて来たわけじゃないですよ。日本語と英語、両方勉強しなきゃならないし」
「ぼく、英語の勉強なんてしてないよ。クラスに日本人三人いるし、どうせ日本に帰るんだし」
「でも海外に住んでたってのは、面接や小論文では有利になることが多いんだぞ。どんなテーマが出ても、無理矢理海外生活に結びつけちゃえばいいんだ。例えばハロウィーン・パレード。みんなの学校でも変な服着てやっただろ?」
「やった、やった。ぼく、海賊になった」
「あたし、魔女」
「何でもいいから、アメリカっぽいイベントは順を追って文章にしてまとめておけ。作文のテーマが『驚いたこと』だったら、そのイベントで驚いた事を書けばいいんだ。『楽しかったこと』なら、例えつまらなくても楽しかったって事にすればいいし、『辛かったこと』なら、何を着るか悩んで辛かったとか、何でもいいから適当にこじつけろ。最後に『良い経験でした』とでもまとめておけば合格だ」
「それが受験指導ですか?」
「そうだ。海外の話題は物珍しいからオイシイんだ」
「いいかげんだなあ」
「うちの息子もそれで高校受験を乗り切るつもりだ」
「どこの高校受けるんですか?」
「内緒」
「ずるーい」
「私立? 国立?」
「はい、じゃあ、宿題、やったか? 新聞、読んできたか?」
 生徒たちは「ずるい、ずるい」を連発しながらノートを開いた。
「気になったニュースとその感想を一人ずつ言うんだぞ。こっちから、はい、どうぞ」
 坂口に指された女の子は、下を向いて自分のノートを読み始めた。
「イラクで日本人の人質三人が解放されました。生きて帰って来られてよかったと思います。おわり」
 それを聞いた坂口はげんなりとした顔で言った。
「それじゃ駄目だよ。何々です、よかったと思います、何々です、楽しかったです。それじゃ小学生の日記だよ」
「だってあたしたち小学生ですよ」
「どうしてよかったのか、これからどうすればいいのか、そこまで突っ込まなくちゃ」
「そんなの小学生にはムリですよ」
「無理でもやるんだよ。きちんと清書してノート提出してね。はい、次は誰?」
「アメリカのニュースでもいいんですよね」
 いつもクラスを笑わせている明るい男の子が手を挙げて言った。
「アメリカの話はオイシイんでしょ?」
「ああ、オイチー、オイチー」
 坂口が頬を叩きながら言うと、クラスにまた笑いが起きた。
「マサチューセッツ州で男と男でも結婚できるようになりました」
「!」
 滝田の心臓が飛び出す。みんなが大声で笑い出した。
「テレビニュースでおじさんとおじさんがチューしてました。びっくりしました。でもよかったと思います」
「女と女でもいいんだよ。おばさんとおばさんもチューしてたよ」
「だってマサ、チュー、セッツだもん」
「ばーか」
「それ、よかったの?」
「知らないけど、うれしそうだったから、よかったと思います」
「どうしてよかったのか、これからどうすればいいのか、つっこんでないじゃん」
「ええと、うちのお父さんとお母さんは人前でチューしません」
「あたりまえだよ、日本人だもん」
「だから、人前でチューできて、よかったと思います」
「別に結婚しなくても、アメリカでは人前でチューしていいんじゃない?」
「で、これからどうすればいいの?」
「子供うむの」
 クラス中が沸いた。滝田の心臓の鼓動がどんどん激しくなっていった。
「生まれるの?」
「男は子供うめないよ」
「でもうちの学校にいるよ、お父さんが二人いる子」
「あ、うちの学校にもいる」
「ウソつけ」
「ホントだよ。参観日には二人そろって来るもん」
「養子だよ。アメリカ人って平気で養子しちゃうんだ」
「ちがうよ。その子、かたっぽのお父さんと顔そっくりだもん」
「お金払って、よその女の人にうんでもらったんだよ」
「そう、ジンコウジュセイするんだよ」
「何それ」
「連れ子じゃないの?」
「ツレゴ?」
「女と女なら産めるじゃん」
「どっちが産むの?」
「若い方」
「女と女なら産めるの?」
「チューしてたもん」
「チューじゃ子供は生まれないよ」
「子供がどうやってできるか、知らないの?」
「おまえ、やらしい」
 何人かの子供達がにやにやと恥ずかしそうに笑い、その他の子供達は「何? 何?」と繰り返し、教室は大騒ぎとなった。
「でもブッシュはダメだって言ってるよ」
「そうなの?」
「そうだよ。ブッシュ大統領は男同士で結婚しちゃダメだって言ってる。ダメっていう憲法を作ろうとしてるんだ」
「どうして?」
「知らない」
「子供が生まれないからだよ。人口へっちゃうもん」
「そうかなあ。気持ち悪いからってだけでしょ?」
 滝田は下を向く。誰かと目が合うのが恐かった。
「モラルの問題だよ」
「ちがうよ。秋に大統領選があるからだよ」
「関係ないじゃん」
「あるんだよ。男と男で結婚してほしくないっていう人に投票してほしいからだよ」
「ホント?」
「だれが結婚してほしくないの?」
「キリスト教の人」
「仏教ならいいの?」
「多分いいと思う」
「いいかげんなこと言うな」
「イスラム教なら死刑」
「うそっ」
「それじゃ、大統領がダメって言うから、やっぱりダメだと思います。おわり」
「そんなんでいいの?」
「先生、そんなの受験の面接や作文の話題にしてもいいんですか?」
 真面目な女の子がしかめっ面で言うと、坂口が困った顔になった。しばらく考えてから腕組みをして首を傾げた。
「それについて、きちんと自分の意見が言えるんだったらいいけど、面白半分に茶化すつもりなんだったら避けた方がいいね」
「やっぱり」
「ほーら、見ろ」
 教室がもう一度笑いに包まれた。
「ヒゲはえてたよ」
「むな毛もはえてた」
「別にふつうのおじさんだってはえてるじゃん」
「そうだけどさぁ、ヒゲとヒゲがチューしたら、そりゃヤバイでしょ」
「ヤバイ」
「うん、ヤバイ」
 マサチューセッツで行われた同性同士の結婚式の様子はテレビニュースで何度も流れ、小学生でも記憶に残るほどだった。大きなニュースは塾で生徒に配布される『今月のニュース』に載せることになっているが、滝田はこのニュースは載せなかった。意識してそうした訳ではないが、何となく気まずかったことは確かだ。それに、それが日本人にとって大きなニュースと言えるかどうかは疑問であったし、受験生が知るべきニュースであるとも思えなかった。もし載せた場合、保護者から注意を受ける可能性があるのではないかとも考えた。
 子供たちが口々に叫ぶ。
「キモチワルーイ」
「キモチワルーイ」
 するとマサハルがおもむろに手を挙げた。
「ヒゲとヒゲがチューすることが、そんなにおかしいことでしょうか」
「あ?」
「別にいいと思いますけど。同性が好きか、異性が好きかなんて、髪の長い子が好きとか、短い子が好きとか、その程度の好みの違いだと思います」
「始まった、プーさんの少年の主張」
 マサハルはその体型から、クラスでは「プーさん」と呼ばれている。
「自由の国アメリカに、結婚の自由がないなんておかしいと思います」
「がんばれ、未来の最高裁判事」
「その点では、同性同士の結婚を認めているオランダやベルギーなどのヨーロッパ諸国の方が進んでいます」
「おまえ、くわしすぎ」
「二月にサンフランシスコで結婚した同性愛者たちはアメリカ平均よりも教育レベルが高く、大卒の率も高かったという報告があります。かつて自由を求めてヨーロッパの人々がアメリカ大陸へ移住したように、これからは結婚の自由を求めてアメリカからヨーロッパに移住する同性愛者が増えるかもしれません。かつてのソビエト連邦からアメリカに政治亡命した科学者や芸術家を思い出して下さい。このままでは、アメリカは深刻な頭脳流出に悩むという事になりかねませんよ」
 クラスの笑いが止まり、数秒沈黙が起きた。黙って聞いていた坂口がようやく口を開いた。
「それだけしっかり語れれば、どこの中学の面接もOKだよ」
「先生、面白半分に茶化してますね」
「あ……すまん」
 坂口がぽりぽりと頭を掻くと、他の生徒達の顔もほころび始めた。
「っていうか、ぼくたち日本人だし」
「アメリカ、関係ないし」
「別に男と結婚したくないし」
「プーさんってオカマだったの?」
「オカマってなあに?」
「オカマは差別用語です」
「サベツヨウゴってなあに?」
「言っちゃいけない言葉だよ」
「テレビでピーっていうやつ?」
「それは放送禁止用語だよ」
「オカマサハル」
「ピー」
「はい、静かに」
 坂口がそう制した時、授業終了のベルが鳴った。
「それじゃノートにまとめて、来週提出。解った?」
「はーい」
「ピー」
「ピー」
「うるさいぞ」
 そう言いながら教材をまとめる坂口を横目に滝田は席を立つ。激しい心臓の鼓動が廊下に響き渡るようだった。
 職員室に戻ってからも、生徒たちの声が滝田の耳の奥に響いた。こめかみの辺りまで、大きく脈打っていた。
《キモチワルーイ》


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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

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