射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 2-7

「忘れ物はないかな?」
 じめじめとした真夏の朝、緑のカムリのトランクに荷物を積めながら寺本が言った。
「基本的に、水着と着替えがあればいいんだけどね」
 これから滝田は寺本と共に、ノース・カロライナにあるのボブのビーチハウスに向う。95号線を南下して、九時間もあれば到着すると寺本が言った。
「あと韓国風焼肉のタレ。やっぱり海にはバーベキューでしょ。このタレね、みんな喜ぶんだよ。手巻き寿司もするから海苔と米酢と大葉ね。あと炊飯器と米、しょう油、わさび、全部入れたね」
「寿司ネタは?」
「海で捕まえる」
 途中、森と都市を繰り返し、高速道路を渡る鹿の親子にぶつかりそうになりながら、一時間毎に運転を交替し、各州のガソリンの値段を比較して、今までならば不快に思えたであろう長距離ドライブを、時が経つのも忘れて楽しんだ。
 特に大きな渋滞には巻き込まれなかったが、結局海に到着した時には既に日が翳っていた。ビーチハウスに行く前に、海に一番近いスーパーマーケットで大量の食材を買い込んだ。
 ボブの海辺の家の前に車は一台も停まっていなかった。窓から明かりも漏れていない。
「誰もいないね」
「鍵は玄関マットの下だよ」
「無用心だなぁ」
「盗まれるような物は何もないからね」
 マットをめくって鍵を取り出しドアを開けた。
 ボブは、一階のボブの主寝室以外なら好きな部屋を使っていいと言っていた。出窓から海が見渡せる一番眺めの良い二階の部屋に、二人は自分たちの荷物を運び込んだ。久し振りの海に二人とも興奮を隠せず、食材を冷蔵庫にしまうとすぐに海まで走り、必死になって寿司ネタを探した。

 次の日の朝、デビーが女友達を二人連れてきた。
 夕方には家主であるボブが新しい恋人を連れて到着した。タコツボで話していた少年だ。古代ギリシアの彫刻のような整った顔をしている。数年前、両親と共に東ヨーロッパから移住してきた高校生だそうだ。両親と同居しているので共にバケーションを過ごすのは無理なんだとボブは言っていたが、師であるボブの別荘でバイオリンの特訓を受けることを、両親は喜んで承諾してくれたのだと少年は言った。その落ち着いた態度は確かに高校生に見えないこともないのだが、華奢(きゃしゃ)な体とあどけない笑顔は、滝田にはとても子供らしく見えた。年齢を聞いてみると、単に飛び級をしているから高校生だというだけで、実はこの夏十三歳になったばかりだという。十三歳としても小柄な方だ。高校生ということで安心した滝田だったが、そのまだ変声期も迎えていない高音の笑い声を聞いたら、やや心配になってきた。
 結局海で寿司ネタを捕まえられなかった寺本は、市場で買ってきたという名前も解らない魚を刺身に下ろし、手巻き寿司にしてみんなで夕食に食べた。ボブは見るのも嫌だと言ってピザを注文し、高校生と二人で食べていた。
 次の日は、ボブの仕事仲間だという男性二人が大きなゴールデン・リトリーバーを連れてやって来た。
 一日中、みながつかず離れず行動した。部屋で仕事をする者もいれば、海へ出る者もおり、街にふらっと遊びに行ってしまう者もいた。一晩中帰ってこない者がいても誰も心配せず、朝もバラバラに起床した。日本の合宿のように、昼も夜も行動を共にするのだろうと思い、王様ゲームをみんなに教えてあげようと張り切っていた滝田は、すっかり拍子抜けしてしまった。夜も、テレビを観たいものは観る、トランプをしたい者はする、飽きたら抜ける、眠くなったら寝る、とみな自由気ままに各々の休日を楽しんでいた。
 ボブは少年相手に、一日三時間以上はレッスンをしていた。レッスンが終わった後、少年は一人自室で練習を続けていたようだ。曲がある程度仕上がると、寺本が伴奏に付き合った。

 ノース・カロライナの海は、からっとした晴天が続いていた。うつ伏せになって甲羅干しをする寺本のそばで、デビーと滝田は一時間掛けて芸術的な砂山を作った。ふと寺本を見ると、彼は片肘を突いて滝田を見ている。近付くと、銀のサングラスに滝田が映っている。幸せそうな笑顔が左右にひとつずつ映っている。寺本も滝田に向ってきれいな白い歯を見せた。
 デビーに「競争よ」と言われ、滝田は波打ち際まで全速力で走った。落ちていたフリスビーを拾い上げると、リトリーバーが走り寄ってきて、投げてくれとせがむかのように滝田の脚に飛び上がって絡みついた。どんなに遠くに投げても、リトリーバーは黄金の毛をなびかせ駆けて行って、見事にジャンプしてフリスビーに食いついた。
 荒れた海では泳ぐことはできない。高い波と戯れるだけだ。デビーと滝田は、今度はどちらが長い時間波の中で倒れずに立っていられるか競争した。デビーは「競争」が好きだ。弟や妹たちの口癖だったそうだ。自分から言い出したくせに、小さなデビーは何度も波に脚をさらわれた。
 寺本が、くれぐれもボブとは沖に行かないようにと滝田に念を押した。ボブは水の中で水着をはぎ取るのが趣味だそうだ。細心の注意を払っていた滝田だが、一度だけ油断した隙にはぎ取られてしまった。海の中で動けないでいる滝田に代わって、寺本が全速力でボブを追いかけた。追いつかれそうになったボブが思い切り遠くへ水着を投げると、寺本よりも速くリトリーバーがそれを追い、空中で水着に食らいついた。

 次の日の早朝、ドアが壊れんばかりのノックの音で滝田も寺本も目を覚ました。十三歳の少年の両親がニューヨークから車でやって来たのだ。階段を下りていくと、両親が意味の解らない言葉でボブに向って何やら叫んでいた。彼らはバイオリン・ケースだけ持って、少年を下着のまま車に詰め込み、あっという間に走り去ってしまった。途中タイヤに砂が絡まって、何度も空回りしていた。少年の服とバックパックだけが海辺の家に残された。
 ボブは後を追うこともせず、黙って寝室へ戻って行った。
 
 寺本と滝田が一足先にニューヨークに帰るという日の前の晩、デビーと三人、さっきテレビで観たサスペンス映画の話で盛り上がった。結局最後まで犯人が誰だか解らない映画で、いったい犯人は誰だったのか、三人三様の推理をした。
 ビールを飲み過ぎた滝田が眠気を催し立ち上がった。それを見た寺本も立ち上がろうとすると、滝田は寺本の肩を押さえ「おやすみ」と言った。 今夜はデビーに寺本を譲ることにした。以前は一晩中おしゃべりをすることも多かったという二人。最近は滝田が寺本を独り占めしているので、デビーと寺本がゆっくり話す機会はないはずだ。積もる話もあるだろう。寺本も滝田の気持ちを察してくれたようで、笑顔で「おやすみ」と言ってくれた。デビーは「無理しちゃって」と言いながら嬉しそうに肩をすくめた。

 次の日、滝田が目覚めると隣に寺本はいなかった。下の部屋のソファで寝てしまったのかもしれない。
 出窓からは夜明け前のおどろおどろしい海が見えた。水彩絵の具の筆を洗った後の水のような色の雲が、打ち寄せる波を飲み込むようにうねっていた。ごごごという寒々とした轟音が部屋の中にまで聞こえてくる。
 大きな口を開けてあくびをしながら浜辺を見ると、誰かが海の方を向いて座っている。寺本だ。Tシャツにジーンズのままだ。
 下着をはいてナイトガウンを羽織り、寺本の厚手のガウンを持って滝田も外へ出た。
 後ろから寺本の肩にガウンを掛けると、寺本は驚いたように振り向いた。
「夕べ、ここで寝たの?」
 寺本の隣に腰を下ろした。
「ううん、寝たのは下のソファ。デビーはまだ寝てる。ごめん、二階に行かなくて。目が覚めたら、何だか外が気持ち良さそうだったから。でも、ちょっと寒いね」
 冷たい風が心地よく頬をかすめる。東の水平線に微かな光が差してきた。滝田が目を細めて言った。
「よかった、東海岸で」
「そう?」
「西海岸じゃ夜明けの海が見られないでしょ?」
「海に沈む夕日が見られるよ」
「ボクは夜明けの方が好きだな。同じ太陽なら、沈むより昇る方が縁起がいいじゃない」
 夜明けの時はほんの一瞬だ。一度昇り始めた太陽は、あっという間に惜しげもなくその全身を現す。すべて見えてしまっては、その美しさは半減してしまうのに。
「君、焼けたね」
「寺本さんは焼けないね」
「体質かな」
 水平線が丸い。地球は丸いんだなと改めて感じさせてくれる。そして地球は回っている。毎年夏はやってくる。高波が怒涛を響かせて、押し寄せては白く砕けた。
 寺本が朝日に照らされた赤い頬で言った。
「…来年も来ようね」
「うん、再来年もね」
「…うん」
 寺本は両手で尻の砂を叩きながら立ち上がり、滝田の脚の間まで来て再び座った。そしてその広い胸に頭を預け、眠そうに目を閉じた。
「ずっと一緒だよ」
 滝田がそう言うと、寺本は目を閉じたまま嬉しそうに微笑んだ。滝田は自分のガウンでその体をすっぽりと包んだ。寺本はそのまま無防備な顔で寝てしまった。

第二部 終



=御礼=
ここまでお付き合い下さった方、本当にありがとうございます。
この後、最後の第三部を掲載させて頂きますが、『射手座の男』が未読の場合、ちょっと解り辛い場面も出てくると思いますので、ご了承下さい。
では、ゴメンクダサイ。
kana


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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

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