射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 3-1

「海の写真、パソコンに入れるよ」
 海辺の家に仲間を残し、寺本と滝田は早々にニューヨークに戻ってきた。赤い煉瓦の寺本の家に着くと、滝田はすぐにデジタルカメラを持ってパソコン机に向った。
「よろしく。僕はよく解らないから」
 寺本は小振りのスーツケースから下着類を出しながら言った。すぐにでも汚れ物を洗ってしまいたいようだ。
 寺本はハイテク機器に弱いのに、何故か新しい物を買うのが好きだ。高性能のデジカメも、買ってはあったが撮った後どうしたらいいか解らず、ずっとそのままになっていたという。
「ボクの気に入った写真、プリントアウトして飾ってもいい?」
「いいね、枕元に飾ろう。洗濯機回したら、コーヒー炒れるね」
 さんざん悩んだ挙句、二人並んで海をバックに撮った写真を選んだ。デビーやボブも一緒に写っている写真にしようかとも思ったが、枕元に飾るのならば、やはり二人きりの写真がいいだろう。みんなで撮った写真はキッチンにでも飾ろうか。
 パソコンの印刷ボタンをクリックし、印刷が始まったことを確認した後、滝田は立ち上がって暗い寝室に向った。目的は前から気に入らなかったオートバイの写真だ。嫌な思い出は忘れて、代わりにこの出来立てほやほやの素晴らしい思い出を飾ろう。枕元の電話機の隣の写真立てを取り上げた。
「お疲れ」
 間抜け面の自分をねぎらってやった。実物よりもずっと前から毎晩寺本にキスして貰っていた自分の顔。最後に一度軽くデコピンをしてから裏返し、留め金を外して蓋を開けた。
「あ…」
 小さな紙切れが二枚、写真の裏からするりと滑り落ちた。一枚は運良くつかむ事ができたが、もう一枚はひらひらと舞ってべッドの下に入ってしまった。
「うわ、まずい」
 何とか手につかむことができた紙切れはレシートだった。裏返すと、それは滝田がこの家で初めて書いたメモだった。結婚式の日、寺本に誘われこの家に来て、酔っ払って愚痴をこぼしてそのまま泊まり、明くる朝寺本に残したメモだった。二日酔いで書いたせいか、自分の電話番号を間違えて何度か書き直してある。
《ずっと、君のことが好きだったんだ。初めて会った時から、ずっと》
 嬉しいやら申し訳ないやら、自責の念に駆られた。
 同じ朝、寺本から貰ったメモは、しばらく財布の中に入れておいた後、携帯の電話帳に電話番号を登録してすぐに捨ててしまった。思えば何と書いてあったのかも憶えていない。読んだ時も斜め読みだったと思う。
 だってその頃は、まさか二人がこんな関係になるとは夢にも思わなかったのだから。
 ベッドの下に入ってしまった紙切れを取ろうと、大きな体を床に貼り付けて、ベッドの下に手を伸ばした。何とか指先が紙切れに届き、取り上げてみるとそれは黄ばんだ新聞の切抜きだった。
『GAM…日曜日の午後七時半頃、〇〇ショッピング・モールの駐車場で、オートバイのエンジンが掛からなくて困っていた長身のアジア系男性、連絡下さい。LTR』
 滝田はうつ伏せのまま言葉を失う。
《ずっと、君のことが好きだったんだ。初めて会った時から、ずっと》
「コーヒー、できたよ」
 寝室に寺本が入って来た。
「…何してるの? そんな所で」
 寺本が笑って言った。大きな男が床に倒れているのだ。確かに可笑しい図だ。
「隆二くん?」
 しばらくして正気を取り戻した滝田は、紙切れを持って立ち上がった。
「…GAMって、アジア系のゲイの男性、って意味だよね」
 寺本が黙る。
「ごめんね。勝手に写真を取り替えようとしたら………裏にこれが」
「見られちゃったね…………恥ずかしいな」
「初めて会った時って、この時のことだったんだね」
「月に打たれて、恋しちゃったんだ」
「うん、満月だったよね、あの晩。そんなに前に、会ってたんだ、ボクたち」
「車から声を掛けたんだけど、聞こえなかったみたいで」
「あの時のドライバー、寺本さんだったんだ。聞こえてたんだけど、パニックしてて」
「日本語で声を掛けるべきだったね。でも、日本人かどうか、解らなかったから」
「無視したボクが悪いんだ」
「車を降りて近付いて行くべきだったのに、勇気がなかったんだ。家に着いてから、急に後悔し始めて」
「ごめんね。あの時振り向いていたら、そうじゃなくても、この新聞広告を読んでたら、もっと早く会えてたのに。この新聞、うちの塾でも取ってるんだよ。本当にごめんね」
「どうして謝るの? こんな広告、出した僕が馬鹿だったんだよ。ゲイだなんて書いて、君が連絡くれる訳ないんだもの。でも、君を見つける方法なんて全くなくて、藁にもすがる気持ちだったっていうか…」
 寺本は滝田の肩に手を置いた。
「でも、この切抜きを持っていたら、もしかしたら、また君に会えるんじゃないかって…。お守り…代わり…かな」
 滝田の広い胸に頬を寄せた。
「見事に当たったね。四年掛かったけど、また会えた。だから、もういいんだ」
「ごめんね、四年も待たせて」
 滝田は寺本を抱き締めた。
「ううん。結婚式で君を見た時、今度こそ絶対後悔しないぞって」
「寺本さん」
「ん?」
「一緒に暮らそうよ」
「………」
「もう嫌だよ、離れ離れは。毎晩一緒に寝て、毎朝一緒に起きたいよ」
「…君、それでいいの?」
「一緒に住みたい」
「ここに、荷物持ってくるの? 塾からはちょっと遠いけど、いいの? 本当にいいの?」
「ここに住むんじゃないよ」
「やっぱり塾の近くがいい? 君がそれでいいなら、僕はそれでいいけど。他の先生に見つかっちゃうかな…」
「違うよ。引っ越すんだ、マサチューセッツに」
「………………………………」
「結婚しようよ」
 寺本は顔を上げて滝田を見た。
「マサチューセッツ州に引っ越して、結婚しよう」
 寺本が息を飲む。
「寺本さん、グリーンカード取ってからもう五年以上経つでしょ? アメリカの市民権取る資格があるじゃない。寺本さんがアメリカ人になれば、結婚してボクもグリーンカードがもらえる」
「え…………」
「すぐすぐって訳じゃないよ。そんなすぐには取れない事は解ってる。アメリカの歴史とか勉強しなきゃならないんでしょ?」
 寺本をもう一度強く抱き締めた。
 もう嫌だ。別々に暮らすのは嫌だ。ずっとここで、このアメリカで、ずっと寺本と暮らしていきたい。
「引っ越して、結婚証明書もらって、『夫婦』になろうよ」
 毎朝一緒に朝食を取って、出勤して、仕事帰りに待ち合わせて、夕食は外で済ませたり、一緒に買い物をして家で作ったり。そしてその日あった事を語り合って、抱き合って、眠りに就きたい。
 ずっと夢見ていた結婚生活が、ついに現実となる。
 少し照れてしまう。
「…寺本さん?」
 盛り上がる滝田の腕の中で、寺本は何も答えなかった。喜んでくれると思ったのに、何も答えなかった。
「…だって…君は僕との事は誰にも言ってないんでしょ? 結婚となったら隠してはおけないよ」
「もう隠さないよ。みんなに話す」
「嫌だよ」
 寺本が首を必死に横に振っている。
「みんなに話した途端、君は夢から覚めちゃうんだ」
「………何、それ」
「ううん、その前に、君はみんなには言えない」
「言えるよ」
「もし言えたとしても、笑われて、反対されて、君は僕から離れちゃうんだ…」
 それから寺本は、すがりつくように滝田を抱き締めた。
「君を愛してる。だからこのままで構わないんだ。シェアハウスしてるってことにして、ここで一緒に暮らせれば、親にも、君の友達にも内緒で、それでいい。それじゃ駄目なの?」
「ずっと考えてたことなんだ。好きだったら、やっぱり結婚したい」
「それは無理だよ」
 どうしてそんなに拒否するんだ。何が何だっていうんだ。解らない。
「…ボクと結婚するのが嫌なの?」
 滝田は後退りして寺本から一歩離れた。
「そういうことじゃなくて…」
「それじゃ寺本さんはどうしてボクと付き合ってるの?」
「どうしてって……」
 寺本は横を向いてしばらく考える素振りを見せた。
「ボクは日本から来たサラリーマンだ。いつ日本へ帰れって言われるか知れない。ボクに辞令が出たら別れるの? そういうつもりで付き合ってるの?」
 寺本が目を細めた。
「昔とは違うんだよ。ボクたちにだって結婚っていうハッピーエンドがあるんだ。そんなの紙切れ一枚の事だってよく言うけど、ボクはそうは思わない。ボクたちは正式に結婚してるんだって、周りに認めてもらいたい」
「でも、親に反対されたら、君は向こうの世界に帰っちゃうんだ」
「何なの? それ……」
「隠しておいた方が楽ってこともあるんだ」
「寺本さん…」
「…今日はもう寝よう」
 これ以上の言い争いを避けるように、寺本は滝田に背を向けた。
「寺本さん!」

 寺本はベッドの中で何度か滝田の名を呼んだ。滝田は答えなかった。寺本の手が後ろから滝田の胸に触れた。滝田は動かなかった。
 初めての言い争いだった。
 滝田は寺本に背を向けて、窓越しに見える裏庭の蛍の光をぼんやりと見つめていた。
 夕方芝生すれすれを彷徨っていた蛍たちは、夜が更けるにつれ空高く舞い上がる。うっそうとした裏庭の樫の木々の葉で、蛍たちはクリスマスのイルミネーションのように眩しいほどの光を放つ。
 抱き合って眠れないと諦めた寺本は、ベッドから下りてパジャマを着た。
 翌朝、滝田はまたも寺本の誘いを拒否してしまった。
 滝田は朝から仕事だ。そして寺本は午後の飛行機で西海岸へ行かなくてはならない。ロサンゼルス郊外で行われる国際音楽祭の仕事だ。
 こんなわだかまりを残したまま、二人はこれから二週間近くも会えない。



 塾からアパートに戻った滝田は、真っ先に電話の受話器を取った。寺本は昼は仕事、夜も毎晩のようにレセプションが入っていると言っていた。三時間の時差を考えると、電話をするタイミングも容易に逸してしまう。
 携帯は通じなかった。留守電に「また掛けます」とだけメッセージを残した。携帯の留守電に長々とメッセージを入れることも可能だった。好きだとか、愛してるとか、気恥ずかしいセリフを並べることもできた。
 しかし、あの諍(いさか)いの後だ。何となく、薄っぺらな甘いセリフを吐くことははばかられた。
 そのまま受話器を置かずに、日本の実家の番号を押した。
「あれ? お父さん? うん、ボクだよ」
 父が出た。日本は今昼間なのに。
「どうしてお父さんが家にいるの? 今日は会社休み?」
 父は定年を待たずして早期退職したそうだ。その方が退職金がずっといいのだと言った。そう言えば、前に電話でそんなような話をしていたかもしれない。本当に久しく、家族のことなど気にも掛けていなかった。
 その後義姉と話し、甥や姪とも話した。以前よりかなりしっかり話せるようになっていたが、未だに「ウーちゃん」は直らない。それから母が電話口に出た。「あんたから電話してくるなんて、雪でも降らなきゃいいけど」と笑った。久し振りに感じる家族のぬくもりだ。しばらく他愛のない話に花が咲いた。
 そして話が尽きて、お互い言葉に詰まったところで、滝田は意を決した。
「…あのね、実は結婚したい人がいるんだ」
 電話の向こうでどよめきが起こる。家族中で大騒ぎしているようだ。「お父さん、どうしよう、お父さんってば」という母の声が途切れ途切れに聞こえる。「金髪か?」と笑う父の声も聞こえる。
『どんな人なの? アメリカ人? 日本人?』
 今度は受話器いっぱいに響く母の声。
「あのね…反対されるかもしれないんだけど……」
『反対なんかしないよ。別にアメリカ人だって、お母さんはへっちゃらだよ。年上なのかい? 今時そんなことで反対する親がいるもんか。別にお母さんくらいの歳でも構わないよ。二度目でも三度目でもいいよ。子持ちだって、別にいいと思うよ、あんたがいいなら。全然日本語できなくてもいいよ。その方がかえって嫁姑問題が起きなくていいかもね。日本に一生帰れないって言うのでも……それでも…それでいいから』
 母は反対されるであろうありとあらゆる要素を出してきた。実はもうひとつ反対される要素があることなど、母は思いつきもしないのだ。
『何黙ってるんだい。お母さんが嫁に条件出したことあるかい? あんたでいいって言ってくれる人だったらね、もう、女なら誰でも構わないから、ホントだよ』
 そして母は、実は無意識に決定的な条件を出していることなど、知る由もないのだ。
 せっかく勇気を振り絞って言い出したのに、その先が言えなくなってしまった。
 男の人なんだ。
 そう言ったら母は何と言うだろう。電話の向こうで倒れてしまうだろうか。
 滝田の受話器を持つ手が力なく震えた。
 寺本に結婚しようと言い出したのは自分だ。そのためには家族の理解を得なければならない。
『君には言えない』
 そう言ったのは寺本だ。
『言える』
 そう言ったのは滝田だ。そしてその滝田は今、寺本の言った通り、家族に言い出せないでいる。
「…まだ返事はもらえてないんだ。はっきり決まるまで、静かに見守ってくれる?」
『うん、解ったよ。あんたももう親が口を出す歳じゃないしね。あんたさえ幸せになれれば、お母さんもお父さんもそれだけで十分だから』
「……ありがとう」
『好きなんだろ? その人のこと』
「………………………すごく好きなんだ」
 涙腺が緩んだ。
 好きなんだ。
 胸が締め付けられるほどに好きなんだ。
 それは紛れもない事実なんだよ、お母さん。
『ああ、それが一番だ。よかったよぉ…本当に…よかったぁ……ああああ……』
 電話の向こうで母がはらはらと泣いている。父と義姉の笑い声が聞こえる。
『体には気を付けるんだよ。送って欲しいものがあったら何でも送るから、いつでも言うんだよ。じゃ、切るからね』
 プツンという音の後、ツゥーという音が流れた。 
「すごく…………………好きなんだ…………」
 受話器を耳に当てたまま、小さくつぶやいた。
 そっと受話器を置くと、やり場のない悲しみが襲ってきた。

 マサチューセッツ州に押し寄せた同性のカップルたち。牧師の前で、永遠の愛を誓い、誓いのキスをするカップルたち。長い間、「非公式な夫婦」に甘んじてきた。そしてついに神の前で合法的に「夫婦」と認められたその日の、彼ら彼女らの晴れ晴れしい顔。そしてそれとは対照的な、役所の前に座り込む反対運動の人々の険しい顔。
 確かに取り仕切ったのはキリスト教の牧師たちだ。聖書の教えを忠実に守ろうとするキリスト教保守派とは一線を画した穏健派の牧師たちだ。
 しかしモーゼは戒める。
『汝、女と寝るように男と寝てはならない。それは厭(いと)うべきことである。男がもし、女と寝るように男と寝るなら、彼らは必ず殺されなければならない。その血の責任は彼らにある』
 一見、性に解放的に見えるアメリカ。しかしその国民の信仰心は、大統領選の結果を左右するほどに厚い。
 神は二人の愛を認めない。二人は決して、神の御許へは行けない。

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