射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 3-2

「滝田、明日、合コンがあるんだけど来るか?」
 夜の九時、授業が終わり職員室に戻った大岩が滝田に向かって言った。
「あ、いえ、ボクは結構です。すみませんけど、今日はお先に失礼します。自習室、よろしくお願いします」
 ベルと共に授業を終えた滝田は、机の上の荷物をまとめて一目散に外に出た。
 今日は寺本がロスから帰ってくる日だ。九時ならもう空港には着いているはずだ。
 慌てて外に飛び出す滝田を見ながら大岩がつぶやいた。
「あいつ、カノジョができたんだったら紹介してくれりゃいいのにな」
「休みの日はいつもアパートにいないんすよ。日本人かなぁ、アメリカ人かなぁ」
 若い佐藤は興味津々だ。彼のいう「アメリカ人」とは、白人のことだ。彼にはそういうアタマしかない。
「オカマと遊んでるとばっかり思ってたら、あいつもやるなあ」
 大岩が悔しそうに舌を打つ。
「日本人かなぁ、アメリカ人かなぁ」
「お前、こだわるねぇ」
「そりゃあ、気になるっしょ。使う体力、違うだろうし。ぼくは、こう、小柄で、可愛らしくて、イヤ、イヤ、ヤメテ、って感じが好きですけど、やっぱ滝田さんくらい大きいと、ド迫力の外人じゃなきゃ満足できないんすかね」
 佐藤が含み笑いを浮かべると、大岩は人差し指を立てて小声でささやいた。
「疑問に思ったら即調べる。これ、受験生の鉄則、そして塾講師の鉄則。早速あいつのアパートで待ち伏せしようぜ」
 マサハルにマスタングを見られて以来、滝田はいつも塾からかなり離れた所に車を停めるようにしていたが、今日は一分でも早く帰れるようにと、塾の目の前に駐車した。幸い今日はマサハルの授業はない日だ。車に乗り込み、まず寺本の携帯に電話した。
「もしもし、ボクだよ。これから行くから」
 寺本が携帯に出るなり滝田はそう言ってすぐに電話を切り、助手席に携帯を投げた。マスタングのエンジンを掛ける。会いたい、寺本に会いたい、今すぐに会いたい。その気持ちだけを胸に、右手でキーを回した。
「………………え?」
 エンジンはキュルキュルという鈍い音を立ててすぐに止まった。
 呆然自失。
 何度も何度もキーを回してみる。その度にエンジンはガラスに爪を立てたような耳障りな音をあげた。助手席で携帯が鳴った。
「もしもし?」
「あ、あのね、実はまだロスなんだ」
「ええ?」
 車内がガソリン臭くなってきた。
「ちょっと仕事でトラブルがあって、今日の飛行機に乗れなかったんだよ。今日中には片付くと思うんだけど。こっちは六時だから…そっちは九時か。明日の朝一番の便に乗るよ」
「そんな、今すぐ会いたいよ」
 力任せにキーを思い切り回した。
「あ、掛かった…」
「何?」
「ううん、何でもない」
 職員室の窓から同僚の講師たちが赤い車を見つめていた。何度も響く不快な炸裂音に耳を押さえる者もいる。大岩が呆れ顔で言った。
「何やってんだ、あいつ」
「カノジョと携帯でもめてますね」
「もめて、荒れて、燃えて、今夜は激しくお泊りだな」
 大岩と佐藤は、可笑しくてたまらないといった顔でカカカと笑った。
「もう二週間近くも会ってないんだよ。会いたいよ、一分でも早く会いたいよ」
「僕もだよ。…それじゃ、終わり次第ホテルに戻ってチェックアウトして、すぐに空港に行くよ。レッド・アイに空きがあるかもしれないから。僕のうちで待ってて」
 レッド・アイ・フライトというのは深夜発早朝着の飛行機の便のことだ。西海岸から東海岸へ飛ぶ場合、西海岸の深夜に出発すると、時差の関係で丁度東海岸へは早朝に到着する。離陸した途端照明が消され、乗客は機内で睡眠を取るのだが、寝られるのは実質四時間ほどで、寝不足で目が赤くなるため俗に「赤い目」フライトと呼ばれている。体力的にはきついが、ホテル代も時間も節約できるので、忙しいビジネスマンには案外人気の便なのだ。空席があるかどうかは疑わしい。
 なんとか息を吹き返したマスタングは寺本の家を目指す。高速に乗って二十分。
 ……の、はずだった。
 広い駐車場の途中でエンジンは鈍い音を立て始め、大通りに出る前についにエンジンは完全に停止した。
 駐車場の端の中途半端な場所に、妙な角度で停車したボロボロのアメ車。
 試しにまたエンジンを掛けてみる。
 しかし今度はキュルキュルという音さえもしない。
 途方に暮れた。
 しかしそのままでいても埒(らち)が開かない。滝田は車を降り、周りを見渡す。そこに車を置いたままスーパーマーケットの中に走って入り、電話帳で番号を調べ、急いで携帯でタクシーを呼んだ。

 タクシーが寺本の家に着いた。
 毎晩タイマーで自動的につく玄関外のライトはついているものの、窓からは全く明かりが漏れていない。当たり前だ。誰も居ないのだから。
 タクシーを降りて、誰もいない家の玄関へと歩く。
 鍵を開けて、玄関ドアを少し押すと、ドアが何かにぶつかった。ドアの向こうに頭だけ出して見下ろすと、床に大量の郵便物が落ちていた。滝田は体一つ分の隙間から中に入って郵便物を拾い上げ、キッチンカウンターの上に置いた。キッチンのシンクにはマグカップがひとつ、底に褐色の輪をつけたまま置いてある。
 カウンターの上に手書きで英文で何か書いた紙切れが置いてある。下書きのようだ。滝田は手に取った。筆記体と活字体の交ざった相変わらず色の薄い文字である。「本日はお越し頂きましてありがとうございます。彼女の名前は〇〇、現在日本の〇〇音大に在籍し」といった具合の事が書いてある。「曲名・作曲家・再確認」と書いて下線が引かれていた。
 寺本の文字は滝田を興奮させる。その文字をしばらく見つめた。
 寝室へ入ると、ベッドの枕元には、滝田のオートバイの写真が元の通り写真立てに入れられている。その隣にはノース・カロライナの海の写真が、額なしで立て掛けられている。
 あの晩、滝田が寺本に背を向けて寝たベッドが、きちんとベッドメイキングされていた。寺本のパジャマがパソコン机の椅子の背もたれに掛けてある。二人一緒に寝る時はいつも裸だ。しかし寺本は言っていた。
『僕は夏でもパジャマを着て寝るんだ。寒がりだからね。君と抱き合って寝る時だけだよ、裸で寝るのは。君は僕の湯たんぽなんだ』
 寺本の声が聞こえたような気がした。パジャマを手に取って顔をうずめると寺本の匂いがした。体臭のほとんどない寺本だが、パジャマには寺本以外誰のものでもない匂いが染み付いている。そんなに長い間離れていた訳ではないのに、ひどく懐かしく、いとおしいものに思えた。パジャマを抱き締める。
 ベッドに腰掛け一息吐くと、置き去りにしてきた車のことが気になり始めた。
 また廃車だろう。元々ジャンク同然で売っていた二十年落ちの車だ。五年近くもってくれたのは奇跡だったのかもしれない。
 スーツ姿でいることがやけに不快に感じられ、着ている服をすべて脱ぎ捨てバスルームに向かった。
 シャワーを浴びてタオルで体を拭きながら寝室に入ると、枕元の電話が鳴り始めた。ディスプレイには「圏外」と表示されている。寺本なら滝田の携帯に掛けてくるはずだ。
 留守電のメッセージが流れる。
『…謙太郎、出てっちゃったの』
 その声は「もしもし」も言わずにいきなり本題に入った。
『あの子、私に内緒で新横浜にマンション買ってたのよ。横浜じゃなくて新ヨコよ。解る? 大阪まで新幹線で一本よ。ショウコさんと子供たち、大阪じゃなくて、実はもうそこに住んでたの。大阪の御両親もしょっちゅう遊びに来てるんですって。あの子、うちとそこを行ったり来たりしてたのよ。出張だとか、会社に泊まってるとか言って、すっかり騙されたわ』
 滝田は黙って電話を見つめる。
『この二世帯、悟がこっちに戻って来て、結婚して住むのよ。解った? あなた、もういくつになったと思ってるの? いい加減で落ち着きなさい。生意気言わない女と結婚するのよ。そこにいるのは解って…』
『これ以上録音できません』
 ここにもひとつ、現実の壁があった。

 次の日、寺本のベッドで目を覚ますともう十時を過ぎていた。隣に寺本はいない。
 軽く伸びをしてパジャマのまま裸足で玄関の外に出ると、騒音とも言える蝉の声が滝田の両耳をつんざいた。様々な鳴き声の蝉たちが、夏の終わりと残された命を惜しんでいるようだ。
 午前の風は冷たくて心地よい。吸い込んだ空気は鼻孔を潤し、喉まで癒されるような気がした。少し湿った芝生もひんやりとしていて、足の裏が気持ち良い。ジョギングをする年配の夫婦に挨拶をされた。
 何度か深呼吸をして家の中に戻るとすぐに、遠くから車のエンジンの音が聞こえてきた。玄関の横の窓から外を見ると、緑の車が滑るように入って来るのが見えた。
 ガレージの前のドライブウェイでカムリのエンジンが止まる。
 運転席に座る寺本が見えた。スーツのままだ。疲れた顔だ。エンジンを切ると大きく一つため息を吐いた。
 滝田は窓越しに寺本を見つめた。駆け出していって抱き締めるのは簡単だが、今朝は何故か、寺本を少し離れた所から見つめていたいと思った。
 車から降りて、トランクから荷物を出している。引っ張り上げたスーツケースを地面に置き、右手で軽く髪をかき上げた。ただそれだけで、この男は絵になるような気がした。
 スーツケースを転がし玄関に向かって来る。滝田は玄関のドアを開けた。寺本は滝田に気付き、歩みを止めて疲れた笑顔で言った。
「…よかった、いたんだ」
 一歩外に出る。
「車がないからいないと思ったよ。君は僕よりそんなに脚が長いんだね」
 下を向くと、パジャマのズボンの裾から足首がくるぶしのかなり上まで見えている。
「勝手に着ちゃった」
「いいよ。ここにあるものは何を着てもいいし、何を食べてもいいんだ。でもそれ、洗ってなかったでしょ」
「だからいいんだよ。寺本さんの匂いがした」
 レッド・アイ・フライトに乗ってきた寺本の目が本当に赤くなっている。二重の瞼が三重になっているようにも見える。尖った顎からうっすらと髭が生えてきている。髪はいつも以上に乱れている。そんなだらしない顔もきれいだ。透き通るようだ。
「おかえり、うさぎさん」
「ただいま、きりんさん」
 寺本は目をしばたたいた。滝田はその疲れた体を力の限り抱き締めた。
「飛行機で寝られた?」
「少しね」
「ごめんね、無理言って」
「直行便に空きがなくてね、ずっとスタンバイしてて、アトランタ経由に何とか乗れた。遅くなってごめんね。会いたかった」
「結婚しようね」
 隣の家の裏庭から、誰かがプールに飛び込む音がした。犬が大きな声で吠えている。
「…ホントに、結婚してくれるの?」
「ボクがしたいんだよ」
「嫌な思いをすることも多いと思うけど、耐えられる?」
「寺本さんと一緒なら」
 寺本が疲れた顔で微笑んだ。
「…………ホントに、結婚するんだ、僕たち」
「そうだよ。これで婚約成立だね」
「ホントに?」
「ホントだよ」
「夢みたいだ」
「夢じゃないよ」
「ねえ」
「ん?」
「抱いて、もう我慢できない」

 ついに「フィアンセ」となった二人は、二週間振りに激しく愛し合った。そしてひと眠りした後、緑のカムリでマスタングを置き去りにした駐車場に向い、修理業者に電話してレッカーを頼み、そのまま近くの滝田のアパートに行くことにした。
 森の中の駐車場に入ると、そこには缶ジュースを飲む三人の塾講師がいた。坂口と大岩と佐藤だ。
 滝田は慌てて寺本に引き返すように言おうとしたが、気付いた時には、助手席の滝田は既に三人に見られてしまっていた。寺本は滝田の部屋番号が書かれた駐車スペースに車を停めた。
 エンジンを止めて、先に車を下りたのは寺本だった。滝田は下を向いて車の中で座ったままだ。三人の同僚がゆっくりとカムリに近付いて来た。
「な~んだ、滝田さん、デートじゃなかったんすかぁ?」
 若い佐藤が人懐こい顔でおどけた声を出し、大岩は小さく「なんだよ、つまんねえの」とつぶやき、年長の坂口が二人を制した。
「おい、こちらに失礼だろうが。こんにちは、どうも」
「どうも、こんにちは」
 寺本が会釈して言った。
「マサハルのピアノの先生ですよね。いやあ、一年振りくらいじゃないですか? いい男だからよく憶えてますよ。驚かせちゃってすみません」
「いいえ、ご無沙汰してます」
「私たちはね、別に滝田を待ち伏せしていた訳じゃないんです。はは、これじゃまるで中学生の不良ですよね」
 塾講師たちは顔を見合わせて、やや恥ずかしそうな面持ちだ。
「…えっと…………白状します。実は待ち伏せしてたんです。てっきり滝田は夕べデートだと思って、帰ってきたところを、ちょっとからかってやろうかって、そんな軽い気持ちだったんですよ。ここは塾からも近いし。なあ、佐藤」
 坂口に背中を叩かれた佐藤は、焦って早口で話し始めた。
「そ、そうなんすよ、滝田さん、夕べそわそわしてたから、こりゃお泊りだって思って、今、出掛けるついでにちょっと寄ってみたらまだ車がないんで、ちょっとだけ待ってたら丁度お二人が。すごいタイミングでした。いやあ、ピアノの先生と一緒だったとは、拍子抜けしましたよ」
「やっぱりこいつ、モテないんだな」
 大岩はそう言って助手席の滝田を指差した。それから「ダメじゃん」と言いながら車の窓ガラスを叩いた。
 するとずっと下を向いていた滝田が突然顔を上げた。意を決した様子で車から降り、三人に何か言おうとした瞬間、寺本が一歩踏み出した。
「ご想像の通りですよ。僕たち、夕べからダブルデートしてたんです。先程まで彼女たちと一緒でした」
 滝田が大きな目で寺本を見た。
「それで、滝田先生の車が壊れちゃったんで、僕が送ってきたんです」
「ああ、あのマスタングね。やっぱり壊れましたか、ついに」
 坂口が笑いながら言った。
「滝田先生は、とってもモテるんですよ」
 普段の寺本とは違った強い口調である。滝田はそれを否定することもできず、黙ってその場に立ちすくんでいた。
 大岩が目を丸くして言った。
「夕べからダブルデートですか」
「はい、一晩中」
「おっ、一晩中ですかっ。ちなみに彼女たちというのは、アメリカ人ですか? それとも日本人ですか?」
「二人とも半分ずつです」
「おっ、半分ずつですかっ」
 大岩の声のボリュームが倍になった。
「へえ~、そうかぁ~、タキタ~、半分ずつかぁ~、いいなぁ~」
 卑猥な笑みを浮かべて大岩は滝田を上目遣いに見た
「で、その、夕べの一晩中というのは、一対一が二つですか? それとも、二対二ですか?」
「一対一が二つです。部屋も別でした」
 寺本が顔色ひとつ変えずに答えた。
「一対一が二つかぁ。部屋も別かぁ。まともだなぁ」
 大岩が深く何度もうなずいた。若い佐藤が落ち着かない様子で腕時計を見ながら言った。
「ねえ、大岩さん、もう行きましょうよ。すみません、ピアノの先生、ぼくたちこれからタコツボで合コンなんです」
「こっちも半分ずつだといいなぁ~」
 大岩が叫んだ。その大岩の頭を軽く小突いて坂口が寺本に言った。
「それじゃ、失礼します。ホント、お騒がせしました」
 坂口は、今度は滝田の肩をポンと叩いて言った。
「滝田、水臭いぞ。今度紹介しろよ。よかったな。おれも嬉しいぞ」
「こっちは三対三でもいいぞぉ~」
 車に乗る直前に大岩が再度叫んだ。三人の講師はそれぞれの車に乗ってその場を去って行った。排気ガスの臭いが滝田の鼻をついた。
「行こう」
 寺本はリモコンで車の鍵を閉めると、アパートの入り口の階段を上り始めた。ポケットに手を入れたまま、いつもより足早に、二段飛ばしで階段を上って行く。
 滝田の部屋の前まで来るとこちらを振り向き「僕が開けようか?」と聞いた。
「ボクが開けるよ」
 滝田はポケットから鍵を出し鍵穴に差し込んだ。
 部屋に入ってドアを閉めると、一瞬空気が止まったような気がした。まるで敵から免れて巣に逃げ込んだネズミのようだ。
 寺本はすぐにソファに倒れるように腰を掛けた。
 怒っているのだ。
 滝田は感じた。
 寺本は穏やかに、非常に穏やかに怒っているのだ。
 二人で一緒に帰って来ると、いつでも彼はまず滝田を抱き締めてくれる。形的には大きな滝田が抱いている形になるのだが、いずれにしても強く抱き締めてくれるのだ。今日の寺本は膝に肘をつき、手を組み、床の一点を見つめてただひたすら黙っている。靴を脱ぐのも忘れている。滝田はドアの前から動けずにいた。
 しばらく経って、寺本がハッとしたように滝田を見た。
「あ…ごめん、ぼーっとしてた。こっちにおいでよ。ま、ここは君の部屋だけど」
「…怒ってるんでしょ?」
「………」
「付き合ってるんだって言わなかったこと、ダブルデートの話を否定しなかったこと」
「そうじゃないよ。あの人が、君のことをモテないなんて言うから、ちょっとカチンと来たんだよ。もっとえげつないことだって言えたけど、あくまでも君の職場の人だから。でも、『半分ずつ』はまずかったかな、あは」
「違う、怒ってるんだ。当然だよ。今朝、あんなこと言っておきながら、その舌の根も乾かないうちにこれだもの」
「そんなことないってば。焦らなくていいんだよ。そんな急には無理だよ。君の立場ってものもあるし。今回は面倒だから、ダブルデートしてたってことにしようよ」
「それじゃ何の解決にもならないじゃないか。ボクは駄目な奴だよ、いつも口ばっかり。いざって時に何にもできないんだ」
「こっちにおいでよ。キスしようよ」
 寺本は滝田に右手を差し出した。
「怒ってよ、怒るべき時はちゃんと怒ってよ」
「怒ってなんかいないよ。いいから、お願い、こっちに来て」
 両手を差し出した。
「次に会う時までには、絶対、解決しておくから。必ず、話すから」
 滝田はソファに座って寺本を力いっぱい抱き締めた。

「お、来た来た。おはようございます、滝田センセ。お疲れのご様子で」
 次の日、塾の職員室に入った滝田に、大岩が早速声を掛けてきた。
「お前、ニューハーフと付き合ってるとばかり思ってたら、ハーフと付き合ってたんだな。やるなあ、すげえよ」
 大岩は上機嫌だ。滝田の話はもう塾中に知れ渡っている。黙って席に着くと佐藤がこっそり近付いてきた。
「滝田さん、あのピアノの先生とお友達になってたんすね。ホント、かっこいいっすよね、あの先生」
「……………あの…………………実はね……」
 夕べ出し損なった勇気を出そう。この丸顔の好青年の前なら、素直になれるような気がした。彼なら解ってくれるかも知れない、そんな気がした。
「車から降りてきた時、なんか色っぽくて、男のぼくでもドキッとしちゃいましたよ。ほっぺたなんか赤くしちゃって。何ていうか、沢山ヌいて、スッキリサッパリって感じで。あれ? ぼく、大岩さんに似てきちゃった?」
 滝田の心臓の鼓動が倍になる。勇気を出さなければ。
「……あのね、誤解なんだ……」
「照れなくったっていいじゃないすか、二対二じゃないんだから。部屋も別だったんだし、極めてノーマルっすよ。滝田さんも、なんか、色っぽかったっすよ、うふ」
 それじゃあ、どうしてあの時、「お二人、付き合ってるんですか?」と聞いてくれなかったんだ。そう聞いてくれたら、もしかしたら「うん、そうなんだよ」とあっさり言えたかも知れないのに。
「やっぱりタコツボから二人でナンパしに消えたんだ。お二人、ハーフ好きで意気投合しちゃったんすか? やるなあ、滝田さんも」
 違うんだ、違うんだよ。どうして気が付いてくれないんだ。
「今度ぼくにも紹介して下さいよ、ハーフ」
 どうしてボクは、勇気を出せないんだ。
「やめてくれよ…」
 どうしてボクは、勇気が出せないのを、この屈託のない後輩のせいにしているんだ。
「どうしたんすか、滝田さん。あれ? カノジョとまた喧嘩?」
 机に突っ伏して、頭を抱えた。
「話し掛けないでくれよ!」
 どうしてボクは。
「ちょっとぉ、滝田さんってばぁ」


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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

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