射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 3-3

 滝田の両親から毎日のように電話が掛かってくるようになった。 しかし母は滝田との約束を守って、結婚の話題は露ほども出さない。
「今日こそ言うからね。親にも、校長にも、言うからね、絶対に言うから。ボクたちは結婚するんだ」
 会う度に滝田は寺本にそう言う。
「解ってるよ。君が僕のためにそう言ってくれるのは嬉しい。でもこのままでいいんだよ。結婚なんてしなくても気持ちは変わらない。ずっと一緒だ。お願いだから無理しないで」
「無理なんてしてないよ」
「無理をするとリバウンドが来る。ダイエットも恋愛も同じだよ」
 寺本はそう言って笑った。
 そしてまた今夜も滝田の両親からの電話が鳴る。
「結婚のことだけどね…」
 受話器の向こうの母が息を飲む。
「あの……」
 言葉に詰まった。沈黙が続いた。
『向こうの御両親に……反対でもされてるの?』
「え? ううん…そうじゃないんだけど」
『……うまく、いってないのかい?』
「そういう訳じゃないんだ。あの……」
 ひとつ嘘を吐くと、その嘘のために更なる嘘を吐き続けなければならないと言う。だから嘘は吐きたくない。でも今のボクは、それよりももっとずるいことをしている。母にも、寺本にも。
「それじゃ、切るから」
 そう言って電話を切る。こんなことの繰り返しだ。今日こそは、今日こそはと思い、また同じことの繰り返し。そしてついに、その繰り返しを止める手段に出た。
「…決まったら、こっちから電話するから」
 母は何も言わない。
「その……お母さんの声が聞きたくないとか、そういうことじゃないんだ…そういうことじゃなくて」
『背付かれてみたいで嫌なんだろ?』
 優しい声で母が言った。
『解ったよ。お母さんが無神経だった。ごめんね、隆二』
 みんなに話すよ。
 どうやって話すつもりなんだ。
 二人は結ばれるんだ。
 どうすれば結ばれるんだ。
 頭の中で二人の自分が会話している。
 全く違う二つの世界に、まったく違う二人の自分がいた。
 どちらの自分も、自分だった。

『もしもし? いるんでしょ? 解ってるのよ。これはもう根競べね。どうせそこにいるんでしょうから、よく聞きなさいよ。お母さんの友達で裏千家の先生してる人がいるでしょ? 彼女がね、お弟子さんで丁度いい子を紹介してくれたの。大人しそうな子よ。あなたの写真を見せたらね、是非にって。何よりこの二世帯に住んでくれるって言うのよ。こんないい話逃したらもう後はないわよ。お金のことは心配しなくていいの。とりあえず結婚して、それからゆっくり職探しすればいいわ。それまでしばらくはうちで全面的に面倒みるから。先方もそれで承知してるの。写真と身上書、送るから。あなたのはお母さんが書けばいいんだけど、あなたの大学卒業してからの学歴…っていうか…職歴…っていうか、それがよく解らないのよ。お母さん、横文字には弱いし。だからそれをちょっと教えて欲しいの。いい? 連絡つくまで掛け続けるから、覚悟しておきなさいよ。この結婚は、絶対に、成立させますからね。嫁になめられて、あなたにまでなめられてたまるもんですか』
 寺本の母親からの連日の電話もまた、寺本の神経を日々擦り減らしていた。
 滝田が泊まりに来ている時は電話のジャックを抜いた。ジャックを抜いた次の日の母の声は、更に神経を擦り減らす。ならば留守電のメッセージを聞かなければいいのだが、つい兄家族のことが気になって聞いてしまう。新横浜に行った兄は幸せに暮らしているだろうか。母がまた余計な事をしていないだろうか。それが気になって、ついメッセージを聞いてしまう。母の機嫌が悪いうちは、兄夫婦は無事なような気がした。それを聞いた滝田が言った。
「それって『眠れる森の美女』のマレフィセントっていう魔女だよ」
「魔女?」
「そうだよ。呪いをかけたオーロラ姫がどうしても見つからなくてね、魔女の山に怒りの雷が鳴っている間は、オーロラ姫はまだ無事だってことなんだ」
「はは、魔女か。それはいいね。昔は優しい母だったんだけどね」
「あ…」
「…何?」
 滝田が下を向いて落ち込む。
「…ごめん、寺本さんのお母さんなのに…………」
「構わないよ。確かに今の彼女は魔女だ。で、そのお姫様はどこに隠れてたの?」
「森だよ。森でね、オーロラ姫と王子様が踊るんだ。あのシーンがすごくいいんだよね。あの王子様、寺本さんに似てる」
 寺本はそんな滝田をいとおしく思った。
 いとおしいと思うのに、以前のように愛し合えなかった。
 滝田を見つめると、今でも切ない気持ちでいっぱいになる。まるで片思いの頃に戻ったようだ。
 でも、滝田に抱かれながら、抱かれていない自分がいた。
 手を伸ばせばすぐそこに滝田はいるのに、その手を伸ばすことができなくなっていた。
 糸車の針に刺されて百年の眠りに就いたオーロラ姫。百年眠り続けて、目を覚ましたら、世の中は変わっているのだろうか。百年経てば、二人は結ばれるのだろうか。もしそうであるならば、このまま眠ってしまいたい。百年の眠りに就いてしまいたい。
 僕がどれだけ君を愛しているか、君には決して解らない。
 心はこんなに滝田を求めているのに、体は死んでいた。
「疲れてるんだよ。そういう時もあるよ。このまま抱き合って寝ようね。寺本さん、そういうの好きだって言ってたでしょ?」
 滝田は今まで同様、アパートを一歩出ると手もつながなかった。アパートの駐車場では離れて歩き、いつも周りをキョロキョロと見回していた。そして寺本の悲しそうな顔を見ては、「ごめん」を繰り返していた。

 いつの間にか滝田は、自分が二人いる生活に慣れてしまっていた。寺本といる時は寺本を愛し、職場では同僚と笑い合う。実家へも、自分から電話しない限り向こうから掛かってくることはない。勇気を出せず、嘘も吐きたくなければ、こちらから電話しなければいいだけの話だ。心の中で「言わなくては」と思いながらも、そのまま何となく時が過ぎることに、何も疑問を感じないほどになっていた。
 しかし寺本の中には、寺本は一人しかない。
 やがて森には、秋風が吹き始めた。


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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

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