射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 3-4

 ツェルニーを弾き終えたマサハルは、大きなため息を吐いた。
「疲れてるみたいだね」
 寺本が下を向いたままの小学生に言った。
「すみません、下手で。今週は塾の宿題が多くて、あんまり練習してないんです」
 マサハルは銀縁の眼鏡を外して、ポケットから出したハンカチで顔を拭いた。
「それでこれだけ弾ければ大したもんだよ。勉強が大変な時は、無理して音取りしなくていいんだからね」
 マサハルはセンスのある子だと寺本は思う。もっと練習時間を増やせば面白いように上手になるだろう。しかし学業と習い事の両立は難しい。その辺りを考慮してあげないと、子供の習い事は続かないのだ。寺本は立ち上がってエアコンの設定温度を下げた。
「大変だね、現地校に通って、塾にも通って」
「それがですね、もっと大変なことが起きたんですよ、塾で」
 マサハルはスクープを報道するレポーターの顔になった。
「結婚したいからボストン校に転勤させてくれって言い出した先生がいましてね」
 寺本は言葉を失う。マサハルが眼鏡を掛けた。
「それのどこがどう大変かと言うとですね、男の先生が男の人と結婚したいって言うんですよ。すごいです、さすがニューヨークです、時代の最先端を行ってます。そんな風に見える先生じゃないんですけどね」
 言ってしまってから、マサハルはハッとして口を押さえた。
「……え……と、どの先生とは、あえて言いませんが。あの、寺本先生もご存知の先生なんで…………」
 ハンカチをポケットにしまった。
「マサチューセッツ州で同性同士でも結婚できるようになったでしょ? そのためだそうです。で、塾側も普通の結婚だったら転勤を認めないでもないんでしょうけど、男同士となると、やはり保護者への心象が、ねえ」
 恐れていた事態が起きた。
「あの先生も馬鹿正直に本当のことを言うから悪いんですよ。男となんて言わないで、ただ結婚とだけ言えばよかったんです。ボストンに転勤してから、黙って結婚しちゃえばいいんですから」
「……あの、どうしてそんなことを生徒の君が知ってるの?」
「おしゃべりな先生がいましてね、人の口に戸は立てられないんです」
「それで……その先生は………………どうなるの?」
 マサハルは人差し指で自分の喉を切る真似をした。
「クビ…………………」
「もう既に保護者の間で噂になってますから。事を穏便に運ぶために、クビにする前にまず自主的な退職を促すでしょう。懲戒免職では退職金が出ませんから。うちの母なんてカンカンです。青少年を指導すべき立場の教師が道徳を乱すとは何事か、不潔だ、とか言って。大変ですよね、教師って職業も。同じ事をしてもバッシングは二倍ですもの。別に教師だって普通の人間なのに」
 それからマサハルは一度咳払いをし、眼鏡のブリッジを押さえながら続けた。
「こうした人々の心無い態度は、明らかに同性愛者差別です。ナチスのユダヤ教徒迫害や南アフリカのアパルトヘイトとなんら変わりの無い、現代の魔女狩りですよ」
 マサハルは一息つき、それからふっと、噺家が役柄を変えるように表情と語調を変えた。
「……とまあ、ぼくも頭では偉そうに思っていたんですが、新聞とテレビの中の世界が目の前で現実となった時、正直戸惑いました。まさか、あの先生がって」
 滝田の場合、巻き込むのは職場の同僚だけではなかった。子供と、その親というものまで巻き込まなくてはならなかったのだ。
「ま、すべてを隠してボストンに行って無事結婚できたとしても、それから発覚すれば結果は同じですから。あの先生らしいですよ、正直で。ぼくは応援します。心は自由ですから。ここは自由の国です。誰もがみな、幸せになる権利がある国です」
 寺本はマサハルの隣でただ鍵盤を見つめ、無意識に呼吸を止めていた。
「先生?」
「……………………あ、え?」
「すみません。つい熱っぽく語ってしまいました。ぼくの悪い癖です」
「あ、いや……………」
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない。次、バッハ行こうか」

『そっちがその気ならこっちも受けて立つわ。あなたの婚姻届、区役所に勝手に出すことだってできるんですからね。訴える? 親子で骨肉の争いする? そのためには帰国しないとね』



「中華、買って来た」
 ビニール袋を二つ提げて、寺本が滝田のアパートにやって来た。
「いらっしゃい。『眠れる森の美女』、レンタルしてきたんだ。後で観ようね」
 以前寺本がデリバリーを頼んでくれた中華料理屋だ。美味しそうな匂いが漂ってくる。
 食事中、寺本は一言も話さなかった。こんなに何も会話をしないで食事をしたのは初めてだった。
 食べ終えると、滝田は空になったプラスチックの容器を重ねた。ビールを飲みながら寺本が聞いた。
「お腹いっぱいになった?」
「なったよ。パンパンだよ」
 そう言って空の容器を持って立ち上がった。
「それはいい。おなかが空いていると人間は冷静になれないからね。話があるんだ」
「ボクもあるんだ。ついにやったよ。喜んでもらえる」
 滝田は容器を持ってキッチンに歩いた。口元がついほころんでしまう。塾の仲間に告げられたこと、きっと寺本は喜んでくれるだろう。
「もう、やめにしよう」
 黒いビニール袋に容器を捨てた滝田の動きが止まった。
「もう嫌なんだよ、こんなにコソコソ付き合うのは。だから、おしまいにしたい」
 その口調の軽さは、まるで今日あった楽しい出来事を語るようだ。
 キッチンからリビングに戻った滝田が小さく「何言ってるの?」と聞いた。
「親に遠慮なく大っぴらに遊びたくて家を出たのに、これじゃ親元にいる時よりも気を遣ってるよ。高校の時も、大学の時も、付き合ってる子を堂々と家に連れてきて泊めてたんだ。夜二階で何をしてるのか、親が勝手に気付かなかっただけさ。日本でも、ここでも、隠すことにこんなに神経を遣ったことなんてないんだよ。そういうの、苦手なんだよ」
「だからもう隠さないよ、話したよ、校長に話した、だから…」
 その声を遮るように、寺本が優しい声を出す。
「今ならまだ間に合うよ。転勤願いなんて取り下げて、このまま何事もなかったように暮らしてよ。ジョークだったって言えば笑って済まされるよ」
「マサハルくんから聞いたの? だったら本当だって解ったでしょ? でも転勤は無理そうだ。もういいや、塾は辞める。辞めてマサチューセッツに行く」
「それでいいの? そんな簡単な話なの?」
「辞めるのなんて簡単だ。辞表を書くだけだよ。後は親だ」
「君は親には言えない」
「言えるよ。絶対に言う」
「もういい加減にしてほしい。結婚、結婚って、口を開けば同じこと言って」
 滝田の動きが止まる。誰の口がそんなことを言っているのか。
「…ひどいこと言うんだね」
「疲れるんだよ、ストレートな奴は。男を好きになったくらいで悩んだりして。ボブとかそういう奴なら気が楽なんだ、こっち側の人間だからね。面倒なのは嫌いなんだ」
「本気で言ってるの?」
「いずれにしても、君とはもう会えない。テキサスに行くんだ」
 突然出たテキサスという言葉に滝田は戸惑いを隠せない。北のマサチューセッツに行くはずではなかったのか。何故南のテキサスなんだ。
「テキサスに行って同類の子を探すよ。僕は君と別れても好きになるのは男だ。でも、君は僕と別れれば好きになるのは女の子だ。その方が君にとっても幸せでしょ? 世界中どこに行っても、君の大好きな結婚ができるよ」
 とても寺本の言葉とは思えない。きっと無理して嘘を吐いているのだ。滝田は唾を飲む。
「ちょっと……」
 低い声が更に低くなっているのが自分でも解る。恐ろしいほど低い声だ。その声が震えているのが解る。
「…本当の理由は何なの? 驚かないから、本当のことを話してよ」
「僕には君の子供は産めないから」
「ボクが結婚なんて言い出したから? だったら謝るよ」
「欲しいんでしょ? 自分の遺伝子を持った子供」
「いいから、結婚なんてできなくても、一緒にいられれば、それでいいから、今までどおりでいいから。寺本さんの市民権に乗っかろうなんて甘い考えだった。ごめんね。でも、ボクだっていろいろ考えたんだ。とりあえず永住権の抽選に申し込むつもりだけど、そんなのいつ当たるか解んないし」
 今のビザの有効期間はまだ残っているが、塾を辞めたらそのビザも同時に無効となってしまう。かといって、このまま二人の関係を隠して塾に残って、とりあえずビザを更新して貰ったとしても、塾に勤めている限りいずれは帰国を余儀なくされるのだ。
「日本語のミニコミ誌の求人欄だっていつも見てる。ビザのサポートしてくれるっていう会社もいくつかあるから。でも、塾講師なんてツブシが利かなくて。寿司職人とかコンピューター関係なら募集も多いんだけど…。だから、結婚するのが一番確実かなって、安易な方向に行っちゃったんだ。悪かった、謝るよ」
 そう考える移民は多く、グリーンカード欲しさに偽装結婚する男女も後を絶たない。でも、ボク達は偽装結婚ではない。
「そんなんじゃないんだよ。結婚なんて話が出なくても、いずれはこうなる運命だったんだ。君と僕とでは住む世界が違う」
「そんな今更………」
「もう限界だ。気持ちも冷めた。最近僕たちいつも喧嘩じゃないか。喧嘩は嫌いなんだよ。それにテキサスに行くのは本当なんだ。是非来てくれって言ってくれた大学があってね、有難い事だよ。ここに比べたらエキサイティングさには欠けるだろうけど、ここにいても僕はどうせここ止まりだから、少し外に出て頭を冷やしたいんだ。もう契約書にサインした。そこで教えながら、僕自身も、もう一回勉強し直したいって思ってる」
「ボクもテキサスに行くよ」
「来て、どうするの?」
「……………………」
「この国は、今戦争をしてる国なんだよ」
「………………………………」
「テロ以降、まともな会社に勤めてたってビザの更新が難しいこともあるんだ。意味もなくここに残るのなんて無理だよ」
「とりあえず語学学校にでも入って、学生ビザ取るよ。貯金ならあるんだ。ほら、昔、独立しようと思ってたから」
「そうやって、ずっと語学学校に通うの?」
 定職もないまま、三十過ぎの男がずっと語学学校へ通い続けられるものではない。かといって、就職の当てがある訳でもない。
 ビザが切れる。ビザが切れる。滝田にはどうすることもできない。
「…ビザなしで、三ヶ月ごとに出たり入ったりするよ」
「そんなことを許してくれる国じゃないよ。一歩間違えば国外退去だ。二度とアメリカには入れなくなる」
「…ここは寒いから南に行くんでしょ?」
「え?」
「ボクから逃げる訳じゃないんでしょ?」
《逃げるの? お兄ちゃん、僕から逃げるの?》
「…そうだよ、君から逃げるんだ。めんどくさいから、逃げるんだ。君には悪いことをしたね。謝れば許してくれる?」
 その氷のように冷たい男が、氷のように冷たい目で滝田の目を見た。二人とも黒目は動かない。
「その目だよ…。その君の迷いだらけの目から逃げるんだ。君にはいつも迷いがあった。いつも心のどこかで迷ってた。だから僕も迷ってた」
 滝田には返す言葉がない。
「僕に抱かれたのだって君の意志じゃない。苦しんでた僕への同情だ。僕の愛に応えようとしただけだ」
 初めて結ばれた時、滝田はよく解らないまま体を許した。心の喜びよりも体の痛みの方に気持ちが行っていた。二人の将来が見えないことも解っていた。
 でも寺本を愛している。その気持ちに嘘偽りはない。
「愛に応えて何が悪いの? 人を好きになるって、そういう事じゃないの?」
「今まで魔法に掛かってたとでも思って、日本に帰るんだ」
 寺本の魔法に掛かった。それのどこがいけないのか。滝田が自ら望んで掛かった魔法だ。
「もう帰っていいんだよ、向こうの世界に。お帰りよ、まだ間に合うよ」
「例え魔法だって、好きになっちゃったんだから仕方ないでしょ? 好きなものは好きなんだよ、それだけなんだよ、それじゃ駄目なの?」
「そんなに僕のことが好きなの?」
「何言ってるの?」
「何か間違えてない? 僕は男だよ」
「ねえ、ベッドに行こうよ」
 滝田は寺本を強く抱き締めた。この硬い体に、最初は不思議な感覚を覚えたものだ。女性の軟らかい体とは全く違う、自分と同じ硬さを持つ、自分と同じ器官を持つ、自分と同じ男の体だ。
「こんなに好きなのに」
 その体に今ではすっかり馴染んでしまった。この体でなければ満たされなくなってしまった。
「それじゃ…」
 しかしその体は、今日は滝田に腕を回してきてはくれない。
「…どうしてこんなにコソコソ愛し合わなきゃいけないの?」
 寺本の体が震えている。滝田はハッとして寺本の顔を見た。
「どうして友達の前で手もつなげないの? キスもできないの? そんなに軽々しく好きだ好きだなんて言って、そんなに好きなら、どうして世界中の人に向かってそう言わないの? 僕は言えるよ、君が好きだ、愛してる、愛してる、愛してる、何度でも言えるさ」
「それは………」
 それは…それは………………。
 答えが見つからない。
 寺本は滝田の手を払いのけた。
「僕たちは、そんなにいけない事してるの? 男同士で愛し合うのは、そんなに悪い事なの!」
 そう叫んで、走って部屋を出て行った。
 

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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

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