射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 3-5

 それから寺本は滝田からの電話に出なくなった。 夜に訪ねていっても留守だ。どこに泊まっているのか、滝田には見当も付かなかった。デビーとボブをバーに呼び出して聞いてみたが、彼らも寺本の夜の居場所は解らないと言う。ピアノは生徒の自宅まで行って教えているそうだ。
「お前たち、何がいったいどうなってるんだよ」
 バーのカウンターでビールを飲みながら、ボブは責め口調で滝田に問う。何がいったいどうなっているのか、滝田が一番解らないのに。
「よしなさいよ、ボブ」
 滝田を挟んでカウンターに座ったデビーが滝田をかばうように言った。
「ねえ、リュージ、大学に来たらどう? 確実に会えるわよ」
「職場に行くのは反則のような気がして」
 別に殴り込みに行く訳ではないが、職場に私的な問題を持ち込むのは、やはり気が引ける。
「家には荷物を取りに戻ってるみたいだ。毎日少しずつ変わってる」
「あなた、毎日サトルの家に行ってるの?」
 授業が終わった後、車を飛ばして寺本の家に行くのが日課となってしまった。
「泊まってくることもあるよ。次の日、ギリギリまで居座ってるけど、サトルはボクのスケジュールは知り尽くしてるからね、見事に避けられてるよ」
「車はどうしてるんだよ」
 修理工場から連絡はなく、もう諦めているのでこちらからも電話していない。「連絡する」と言われて全く音沙汰がないというのには、アメリカに来てすっかり慣れてしまった。苛立つこともなくなっていた。レッカー代と廃棄処分費をいずれ請求されるのだろう。
「小さい車をレンタカーしてる。高くつくけど、次の車を選ぶのも時間が掛かるし」
「あいつ、また滅茶苦茶やりだしたからな。毎晩違う男の所じゃないか?」
「………え?」
 デビーが慌てたようにボブを遮る。
「やめて、ボブ、いい加減なこと言わないで」
 ボブのTシャツの袖を引いて止めようとするデビーの声などまるで聞こえていないかのように、ボブはうつむいた滝田の耳元にささやいた。
「なあ、あんなひどい奴のことは忘れて、俺と一晩、寝てみないか? 俺、上手いんだぜ。サトルより気持ちよくしてやるよ」
 滝田は力なく笑う。ボブのこんな冗談にはすっかり慣れてしまった。
「よしなさいってば。リュージはゲイじゃないんだから」
 驚いた滝田が顔を上げる。
「あ、そうか、そうだったな」
 そう言ってボブは肩をすくめた。滝田は合点がいかない。
「ちょっと…それ、どういう意味?」
「だってお前、ストレートだろ? たまたまサトルのことが好きになっちゃったってだけだろ?」
 ボブは滝田の肩をポンポンと叩いた。
 叩かれた肩がやたらに痛い。でも肩よりも胸が痛んだ。
「……ボクは…………ゲイだよ」
 ボブがヒューと口笛を鳴らす。
「お前、珍しい奴だな。普通ゲイでも『ぼくはゲイじゃありません』って言うもんなのに」
 無理するなと言いたいのがその呆れた顔からも解る。
「そんなにゲイになりたきゃさ、俺がいいトコ連れてってやるよ。一晩で十人くらいとヤりゃ、ホンモノのゲイになれるかもしれないぞ」
 ボブからかばうように、デビーが滝田の肩を抱きかかえた。
「何言ってんのよ。そういうのばっかりがゲイじゃないでしょ?」
「そういうのばっかりなんだよ、俺たちは」
 ボブのおどけた口調が少しずつ凄みを帯びてきた。少し恐い。何を向きになっているのか。
「ゲイってのはな、穴があって棒がありゃ誰だって構わないんだ」
「自分がそうだからって、他のゲイまで一緒にしないで」
 興奮したデビーの腕に力が入り、滝田の顔はデビーの大きな胸に押し付けられた。苦しい。その滝田の頭上で二人の言い争いが続く。
 妙な図だ。ゲイのボブがゲイを侮辱し、ヘテロのデビーがゲイを擁護している。滝田には口を挟む余地もない。
「見ろよ、ビビってるぜ、ルージ。こんな子を巻き込んだサトルは罪だぜ」
「巻き込んだ訳じゃないわ。お互い、好きになったのよ」
「相手はあのサトルだぜ? ルージ一人夢中にさせるのなんてワケないんだよ。あいつなら、その辺の金持ちオヤジ垂らしこんで、パトロンにして、全財産奪うくらい朝飯前だ」
「サトルはそんなことしないわ。そういう申し出は全部断ってきたのよ」
「例えばの話だよ。あのなあ、ゲイだって解った時点で、距離を置かなかったルージだって悪いんだ。無邪気に週末ごとに泊まりになんて行きやがって、鈍感にもほどがあるぜ。さあ、食ってくれって言ってるようなもんだろうが、赤頭巾ちゃんよお」
 滝田の胸がズキンと痛む。
「ゲイはゲイ同士仲良くしてりゃいいんだ。どうせ俺たちは夜な夜な病気振りまいて彷徨ってるんだよ。お前らキリスト教徒の言うとおりさ、ケツの穴に突っ込んだ天罰が下ったんだ。どうせカトリックの学校ではそう教えてるんだろ? え?」
 頭の上でパチンという乾いた音が聞こえた。
「言っていいことと悪いことがあるわよ」
 顔を少し上げると、頬を押さえて目を伏せるボブが目に入った。
「…ストレート相手に本気になっちまうなんて、サトルはどうかしてるぜ。無理に決まってるだろうが。所詮女には敵わないんだよ」
 頬を押さえたまま滝田を睨んだ。
「ゲイの男がたまたま結婚式で会って一目惚れしちまったストレートと結ばれるなんざ、とんだ夢物語さ。ハーレクイーンもいいとこだ」
「あなた……正気じゃないわ…」
 デビーがわなわなという声を出しながら、滝田の肩を優しく何度もさする。
「あなたも子供のお尻ばっかり追い掛けてないで、そろそろ真剣に生きてみたら? 逮捕される前に、お父さんや従兄を見習ったらどうなのよ」
「あいつらだってカストロ通りのゲイ・バーで知り合ってベッドに直行したんだ。たまたま長続きしてるってだけだよ」
「…何よ、それ。チャック、何か言ってやんなさいよ」
 頬を紅潮させたデビーはカウンターのチャックを大声で呼んだ。周りの客たちはさっきからニヤニヤと笑いながら成り行きを見守っている。滝田はすっかり蚊帳の外だ。
「言ってやれよ、チャック。ゲイなんてのは、みんなヤることしか考えてないって」
「チャックってば!」
 滝田がデビーの腕の中で上目遣いにチャックに目をやると、ずっと黙って聞いていたバーテンダーは決まり悪そうに口を開いた。
「…まあ…ぼくも…確かに…そういう時期がなかった…とは言えないんだよね……」
「どこで知り合ったんだよ、美容師のボーイフレンドとは」
 チャックは一呼吸置いてからつぶやいた。
「セントラル・パーク…」
「の、どこだよ。早朝ジョギングしててってこたないよな」
「の………トンネルの…」
 後ろの席で歓声が上がり、大きな拍手が起きた。ほらみろという顔でボブがビールを一口飲んで言った。
「ハッテン場、ってはっきり言えよ」
 デビーががっくりと肩を落とす。
「悪いかい?」
 チャックはカウンターの下から氷の塊を取り出し、アイスピックで割りながら気まずそうに言った。
「…いえ、あの、そんなことないわ。出会いなんていろいろよ。男と女だって体から始まることはあるんだし…」
「悪くなんかないよ、チャック」
 デビーから奪い取るように、ボブが滝田の肩を抱き寄せた。
「みんなそうさ。さんざんやりたい放題やっといて、ステディが見つかった途端、ゲイ・カップルにも平等な社会をとか、合法的な結婚制度をとか、真面目くさって偉そうに主張し始めるんだ。俺は要らないね、そんなもん。そんなの、俺に言わせりゃ」
 ボブの顔が滝田のすぐ近くに来た。
「牛のクソだ」
 透き通った水色の瞳が光った。
「あれだけあっちこっちのゲイ・プライドに参加してる人の発言とは思えないわね」
 滝田を奪われたデビーは仕方なくビールを一口飲んだ。
「俺はゲイの市民権なんて主張してない。俺が訴えてるのはセイフ・セックスとエイズの根絶だ。うっかりもらっちまっても、ツアーが忙しくて通院なんかできないからな」
 それからボブもビールを一気に飲んだ。
「サトルはな、糸が切れた風船みたいな奴なんだ。それをすべてひっくるめて面倒見てやれる自信がないんだったら、あいつのことは諦めろ」
「リュージ、この人、相手にしないでね」
「好き放題しても、最後に自分の所に戻って来てくれりゃいいって、そのくらいの度量がなきゃあいつとはやっていけないんだよ」
 デビーがまた滝田をボブから奪い取る。
「いい加減にしてよ、ボブ。好き放題してもいいなんて、そんなの本当の愛じゃないわ。本当に好きだったら、好き放題されて黙っていられる訳ないじゃないの」
「それはお前の理屈だ。あちこちにオンナ作られても、家庭内暴力でボコボコにされても、それでも夫を愛してますっていう妻だっているんだ。そういう女を馬鹿だっていうのは簡単だ。でも、それを本当の愛じゃないなんていう権利が誰にあるんだよ。本当の愛なんて百人いれば百種類あるんだ」
「もういいよ、ボブ。今夜は飲み過ぎだよ。もう帰りなよ」
 チャックがカウンターから手を伸ばしてボブの前の空のビール瓶を取り上げた。
 しばらくデビーもボブも静かになった。面白がっていた周りの野次馬達も、一人二人とカウンターから視線を逸らし始めた。
 ボブはカウンターテーブルを見つめたまま、さっきとは正反対の穏やかな口調でつぶやいた。
「…俺なら、サトルを丸ごと受け入れてやれる。あいつが何しても、許してやれる」
 チャックから差し出された冷たい水を一口飲んだ。
「だから……サトルを俺にくれよ」
 怒るかと思われたデビーも、滝田の肩を抱いたまま最早何も言い返さなかった。
「…それが嫌なら……」
 酒まみれの青い瞳で言った。
「…………頼むから…………頑張ってくれよ、小鳩ちゃん」
「ボブ…」
 滝田が言い掛けると、ボブはいきなりまたデビーから滝田を奪い取り、力いっぱい抱き締めた。ものすごい力だ。苦しい。
「せっかく、あのサトルが、本気で人を好きになったんだもんな…」

『今度大学に電話してやるから。サトルマザー、サトルマザーって騒いでやるから。そのくらいの英語は言えるのよ。謙太郎まで携帯に出なくなったわ。いいこと? 電話よこさなかったら、新横浜のマンションに火を点けるわよ。みんな死んじゃえばいいのよ』


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