射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 3-11

 十月最後の週末、そしてニューヨーク最後の週末を、寺本はデビーの大きな家で過ごした。 思い出話をし、一緒にピアノを弾き、大学時代のアルバムを見て笑い合った。明るく振舞う寺本に、デビーは滝田のことは一言も言い出せなかった。
 土曜の晩、時計を一時間戻して、二人はそれぞれのベッドに入った。並んだふたつのベッドで向かい合って、昨日より一時間長い夜を語り明かした。
 サマータイムが終わった。夏が去った。
 夏が去って、魔女が来た。スパイダーマンが来た。シンデレラが来た。ハリー・ポッターが来た。
「ご馳走くれなきゃ悪戯するぞ!」
 口々に叫びながら、おとぎの国の住人たちがカゴを持って、丘の上の大きなお城にやって来た。
 今宵万聖節前夜、蘇れ悪霊たちよ、目を覚ませ精霊たちよ。
 悪戯されては困るので、二人は段ボール箱いっぱいに用意したお菓子を配った。
「ほら、ご馳走よ。悪戯しないで頂戴ね」

 肌寒い十一月の朝、デビーとボブはテキサスに発つ寺本を見送った。寺本は終始笑顔だった。デビーが寺本に抱き付いてずっと泣いていたので、寺本のシャツは涙でびしょ濡れになった。
 寺本はテキサスまで車を運転して行く。モーテルに泊まりながら三日か四日掛けてゆっくり運転して行くつもりだ、とうもろこしの収穫はもう終わったのか、途中でミズーリのデビーの実家に寄ってもいいかと聞いた。
 濡れたシャツを脱いで新しいシャツを着ると、デビーはまた寺本に抱き付いた。
 その日三枚目のシャツに着替えて、ボブと一度強く抱き合った後、寺本は南部の町を目指しアクセルを踏んだ。窓を開けて左腕を伸ばし、お互いの姿が見えなくなるまで、その大きな手を力いっぱい振った。
 緑のカムリが去ると、デビーは、今度はボブに抱き付いて泣いた。いつまでも泣いていた。



 寺本がいなくなった日、滝田の後任の講師が東京の本校からやって来た。滝田が来た時と同じ二十七歳の独身の男性講師だ。滝田とは正反対の小柄な男である。住む所が決まるまで坂口の家に居候しているそうだ。
 引継ぎが終われば、滝田の塾講師としての仕事は終わる。退職願は受理されたが、日本へ戻ったら諸手続きのため一度本校へ足を運ばなくてはならない。滝田の噂は既にニューヨーク校のみならず本校へも伝わっており、後任の講師は腫れ物に触るように滝田に接した。
 滝田のことで面白可笑しく騒いでいた生徒たちだが、いざ去るとなると寂しい気持ちを隠せない様子だ。餞別の品や手紙を持って次々と職員室を訪れた。保護者の訪問を受けることもあった。
 そんな日が続いた。

「滝田先生」
 暗闇の中、滝田が駐車場に停めてあった自転車でアパートに帰ろうとしていたところへ、マサハルが近付いて来た。
「これ、テキサスの住所です」
 ノートを破いて四つに畳んだ紙を滝田に差し出した。滝田は驚く気力もなくしばらく黙って立っていたが、首を横に振って長い脚を振り上げ自転車にまたがった。
 今日も授業はいつも通りきちんとこなした。それだけですべての気力を使い果たしてしまった。塾の建物を一歩出たら、倒れてしまいそうになるのを抑えるので精一杯だった。
 引っ越しの荷物を減らすために、アパートにある物は極力処分する。雑誌、手紙類、読み終えた本、常備していたインスタント食品、五年分の『今月のニュース』の束、そしてクローゼットに並んだ自分の物ではない服。すべて大きな黒いゴミ袋へ詰め込んだ。
 机の引き出しに溜った写真もすべて捨てた。バックパッカーだった頃の写真も、渡辺の結婚式の写真も、海の写真も、全て引き出しを逆さまにして捨てた。五年もの歳月が、パラパラと音を立ててほんの数秒でゴミ袋に収まってしまった。枕元のタキシードの写真も写真立てごと捨てた。
 自転車と家具類はすべて後任の講師に譲る。家具類は元々前任者の横山からすべて半額で引き継いだものだ。家具類といっても、ベッド、ソファ、テーブル、小さな机と椅子、電話、テレビとビデオデッキくらいしかない。タダでいいと言うと、後任の講師は喜んで貰ってくれた。しかし本校へも伝わっていた噂のせいか、ベッドは要らないと言われた。

 森に粉雪が舞い始めた十二月、要らないと言われたベッドの上で、滝田はニューヨーク最後の夜を過ごした。段ボール箱は既に船便で出してしまい、明日の朝、引っ越し業者が後任に渡す荷物を取りに来る。ベッドとシーツ類は廃棄処分にして貰う。
 一度寝付いた滝田だったが、ふと思い出して飛び起き、枕元の電話の留守電の再生ボタンを押した。
『新しいメッセージはありません。古いメッセージを再生します』
 女性の声の後に消し忘れた沢山のメッセージが流れた。ほとんどが同僚からの業務連絡だ。日本の実家からのものもある。一つ一つ聞いては消去した。
『もしもし、僕ですけど、まだ帰ってないのかな。携帯、いや、えっと、どうしようかな…』
 暗い部屋に甘い声が響いた。
 リピートボタンを押す。
『もしもし、僕ですけど、まだ帰ってないのかな。携帯、いや、えっと、どうしようかな…』
 前にもこんなことをした覚えがある。その時は、高鳴る胸を抑えることができなかった。その時は、目を閉じると声の主の笑顔ばかりが浮かび、幸せで苦しいほどだった。
 目を閉じてみた。
 何も浮かばなかった。
 スーツケースから、どうしても捨てられなかったベージュのマフラーを出してきて、顔をうずめてみた。目を閉じた。
 何も浮かばなかった。
 何度かリピートボタンを押した後、静かに消去ボタンを押した。

 滝田の希望で、送別会は結局行わないまま、帰国の日を迎えた。空港まで送るという坂口や大岩の好意も断り、タクシーを呼んで一人で空港へ向かった。ケネディ空港から公衆電話でデビーとボブに電話した。帰国のことは何も知らなかった二人は驚きを隠せない様子だったが、二人とも明るく「メールちょうだい」と言ってくれた。
 狭いエコノミークラスの席に座りシートベルトを締めると、機内に聞こえるか聞こえないか程の音量で、ラテン音楽が流れていることに気が付いた。『フェリス・ナビダッド』だ。悲しくなるほど陽気なクリスマス・ソングだ。
 客室乗務員が新聞を持って通路を歩いている。一面では、ブッシュ大統領夫妻がホワイトハウス内のクリスマス・ツリーの前で幸せそうに微笑んでいる。
 2004年秋のアメリカ大統領選挙も終わった。未だ解決の目処が立たないイラク問題に加えて、人工妊娠中絶や同性結婚などの道徳問題が選挙戦の大きな焦点となった。結果、同性婚を強烈に批判した共和党のジョージ・W・ブッシュ現大統領が、その件に関しては言葉を濁した民主党のジョン・ケリー上院議員に僅差で勝利し、再選を果たした。
 大統領選に併せて行われた住民投票では、多くの州に於いて同性間の婚姻を州法で禁止する法案が承認された。
 政教分離と言われるが、アメリカ国民の八割が何らかのキリスト教一派の信者である。毎週日曜日に教会に通うような熱心な信者ばかりではないが、宗教を切り離して生活は送れない。ブッシュ大統領はあからさまにキリストの名を出し、同性婚という彼らの言うところの「反宗教的」行為を非難した。ブッシュの支持基盤であるキリスト教保守派は同性愛者を抑圧している。
 マサチューセッツ州最高裁の下した判決によって、闇の中に一筋の光明を見い出した同性愛者たち。この大統領選の結果を受けて、彼らにまた暗い夜が訪れた。
 民主党のケリーが当選していたならば、同性愛者たちは市民権を得たのだろうか。同性婚を合法化する州は増えたのであろうか。しかしリベラルなケリーとて同性婚に賛成している訳ではない。基本的には反対だ。単に、合衆国憲法を修正してまで禁止する必要はないのではないかという見解を述べるに留まったというだけだ。
《っていうか、ぼくたち日本人だし》
 可愛らしい声が聞こえる。
《アメリカ、関係ないし》
 滝田は目を閉じて、笑顔でうなずいた。
 成田行きの飛行機の車輪が滑走路から離れた瞬間、何もかもがすべて、過去となった。


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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

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