射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

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赤いマスタング 最終回

 それから一年半の歳月が流れた。
 滝田は母方の祖母が理事長を勤める幼稚園の経理担当兼用務員となっていた。会社を早期退職した滝田の父親が園長を務めている。滝田は知らなかったことだが、父は大学時代に教職免許を取得していたのだ。卒業後は一般企業に就職し、幼稚園で働いた経験など全くなかった父だが、祖母が手取り足取り指導し、最近やっと園長先生らしくなったと言われている。第二の人生がやって来たとばかりに毎日意気揚々と働いているのだ。義姉は非常勤教諭として、多忙時には自分の子供たちの通う祖母の幼稚園にやって来る。祖母の心積もりでは、いずれは滝田が理事長に納まるのである。
 幼稚園の仕事は、元来子供好きの滝田には天職であったようだ。用務員でありながら、特に用事のない時は園庭で子供たちと遊んだ。大きな体に低い声の滝田を、最初は恐がる子供もいたが、優しい男だと解るとすぐに懐いてきた。義理の姉が「たきたせんせい」と呼ばれているので、子供たちの混乱を避けるために滝田は「りゅーじせんせい」と呼ばれている。しかしまだはっきり発音できない園児は「るーじせんせい」と呼んだ。
 塾の小学生も可愛かったが、幼稚園児の可愛さは格別だ。その可愛さは全く違う。小学生は半分大人で半分子供な可愛さであった。気の利いた会話も成立したし、ある程度の冗談も通じた。しかし幼稚園児はそうはいかない。まるで動物を相手にしているような気分になることもある。とにかく本能のままに行動するのだ。好きな子にはためらわず近付いて行くし、拒否されれば大声で泣き叫ぶ。思い通りにならないと暴れ出す子もいるし、欲しい物は相手をぶってでも奪い、奪われた方はぶち返す。同じ場所で何度も転び、同じ場所にキズやアザを繰り返し作る。そんな失敗が毎日のように続く。そして泣く。そして忘れる。
 すべて大人が忘れてしまった情熱だ。
 好きなのに好きと言えず、泣きたいのに泣けない。行きたいのに行けず、傷付くのを恐れて諦めてしまう。
 幼稚園は行事が目白押しで、滝田に深く物を考える時間を与えないでくれた。
 盆踊りでは和太鼓を叩き、「お泊り保育」では子供たちを寝かしつけながら先に寝てしまった。運動会ではリレーの時に転び、餅つき会では張り切りすぎて腰を痛めた。クリスマスにはサンタの赤い衣装を身に付け、節分の豆まきでは鬼の面を付けて逃げ回った。
 両親は、滝田が塾を辞めた理由を問わなかった。帰国して正式に退職し、しばらく抜け殻のように自分の部屋にこもっていた滝田を、責めることもしなかった。同居する兄夫婦も何も言わなかった。
 一度、坂口から国際電話が掛かってきた。電話口に出ることを拒否した滝田に代わって、母親がしばらく話し込んでいたことは、滝田も知っている。

 その日、デビーから結婚式の招待状が届いた。花婿の実家のあるハワイの教会で行うそうだ。行きたいのはやまやまだが、六月の中旬という時期では参列することはできない。
 招待状と一緒に短い手紙と写真が入っていた。相手は中国系のビジネスマンだという。写真の中では、スーツを着て眼鏡を掛けた優しそうな男性とデビーが幸せそうに腕を組んでいた。
 彼女は十月に出産を控えているという。夢が二ついっぺんに叶ったのだ。
 滝田は懐かしさのあまり、思わず胸ポケットから携帯電話を出した。教諭たちはみな教室へ行ってしまった。滝田は一人職員室に残り、いわば電話番である。
 中二階の職員室の窓から園庭を見下ろすと、子供達が大声を張り上げ走り回っている。
 ゴールデン・ウィークも終わり、四月には「ママ、ママ」と泣き叫んでいた新入園児たちにも、やや落ち着きが見られるようになった。四月中は逃げ出そうとする園児の対応で滝田も走り回っていた。新入園児は、入園してしばらくは園庭に出して貰えない。うっかり目を離して園庭から外に飛び出てしまっては一大事だからだ。過去に三歳児がパニックのあまり塀をよじ登って脱走したことがあったという。すぐに気付いた教諭が後を追い、何とか事なきを得たそうだが。滝田は鍵の掛けられた教室の中で泣き叫ぶ三歳児を、一度に三人も抱いてあやすこともあった。
 腕時計を見る。東海岸は今、夜の八時だ。デビーがあの丘の上の大きな家に帰っているかどうか定かではないが、せめて留守電に祝いのメッセージだけでも残したい。
「ハロー?」
「モシモシ?」
「あら?」
「フィガロだよ」
「やっぱりあなたね。その声、変わってないわ。元気だった? 今日本? そっちは何時なの? 招待状届いた?」
 相変わらず一方的にしゃべっている。
「うん、届いた。おめでとう。ジューン・ブライドだね。でも、悪いけど仕事があるから行けないんだ。ごめんね。ハワイへはこっちからの方がずっと近いのに。それで、せめてお祝いだけでも言いたくて」
「ありがとう。そうね、日本の夏休みは七月下旬からですもんね。もうちょっと遅くしてもよかったんだけど、お腹が目立ってきちゃうから。ドレスも着られなくなっちゃうし」
「夢が叶ったじゃない。赤ちゃんも、おめでとう」
「そうなのよ。極めて順調でね、早速胎教を始めてるの。胎児にはモーツァルトがいいとか。もっとも父親がピアノなんて触ったこともない人だから、どうかしら? でも、やるわよ、私、やってみせる」
「うん。デビーならできるよ」
 懐かしい低い声だ。目を閉じると、まるでニューヨークのあのバーのカウンターで話しているような気さえする。林檎のような丸い頬と、チョコチップのようなそばかすの一つ一つが見えるようだ。
「ボブは元気?」
「ええ。結婚式でバイオリン弾いてくれるって。ビーチでハワイアン・ボーイをクルーズするって張り切ってるわ」
 彼も相変わらずだ。笑いがこぼれた。
「あ、そうだ、いいニュースがあるのよ。ボブの従兄とアミーゴ、カナダに行っちゃったの」
 2005年夏、カナダ全土で同性婚が合法となった。オランダ、ベルギー、スペインに次いで世界で四ヶ国目である。
「カナダって比較的簡単に永住権くれるのよ。だから二人で一緒に移住しちゃったの。アメリカがこんな感じでしょ? 業を煮やしたアメリカのゲイたち、続々とカナダに移住してるわ。カナダならヨーロッパと違って国境一本越えるだけだし、英語通じるし」
 五十年経てば世の中は変わる。そう思っていたのに、ほんの一年で北の国境の向こうが変わった。
「ゲイって結構インテリが多くて、収入も高い人が多いのよ。あの従兄、カリフォルニアでジャーナリスト・オブ・ザ・イヤーに選ばれたこともあるんですって。アミーゴだって、まだ若いから実績こそはないけど、スタンフォードの経済学修士でしょ? すごいわよ。そんな奴らがどんどんカナダに行っちゃうんだもの、アメリカもとんだ損失だわ。この頭脳流失は深刻ね。ボブのお父さんも、もういいトシだから、会社売って、シェフと一緒にカナダのバンクーバーに移住しちゃおうかって話が出てるんですって」
 カリフォルニア州では、昨年、州議会が同性婚を州法で合法とする法案を賛成多数で可決した。ところがシュワルツネガー知事が拒否権を発動したため、結局法案は白紙となった。
 マサチューセッツ州の同性婚合法化は州最高裁の判決であり、州議会は反対の立場であった。故に、カリフォルニア州が「州民が選んだ州議員による州議会」で同性婚を合法化すれば、それは全米で初めて「州民による同性婚の合法化」、つまり「州民が同性婚を認めた」という画期的な出来事となるはずだったのだが。
「バンクーバーって中国人だらけで、シェフの親戚がやってるチャイニーズ・レストランのチェーンもかなり大きいらしいわ。シェフたちが移住するなら、店をひとつ売ってくれるって言われたんですって。彼の腕、相当なものらしいわよ」
 その後二人はずっと幸せに暮らしましたとさ。そんなフレーズが浮かんだ。
「まったくあの二人、何回結婚式挙げれば気が済むのかしら。私なんて、やっと初めて挙げられるのに」
 デビーが笑うと、ようやく滝田は口を開く余裕ができた。
「フィアンセって、ビジネスマンだよね。どこで知り合ったの?」
「私のピアノの生徒のお父さんなのよ。やもめで、娘と二人で住んでるの。それで、彼が忙しい時に、私がレッスン以外でも彼女を預かったりしているうちに、なんとなくね。あなたは? 一人?」
「そうだよ、一人だよ。でもわざと一人って訳じゃないんだ。単に一人ってだけ」
 何も知らない母方の祖母が、独身の幼稚園教諭を滝田に勧めたことが何度かあった。その都度断っていたら、今度は見合い話を持って来た。母は止めるでもなく勧めるでもなく黙って傍観していた。
「実は私、オースティンに行って来たの。テキサス州のオースティン」
 テキサス。一年半前、滝田が行く行くと大騒ぎした場所だ。広いテキサス州のどこに行くのかも知らないまま、ただひたすら飛んで行きたかった場所だ。
「フィアンセと一緒に、旅行がてらサトルに会いに行ったのよ。結婚式の招待状も直接渡したくて」
 デビーに電話すれば寺本の話になることくらい、掛ける前から解っていたはずだ。それを少しは期待していなかったといえば嘘になる。
「サトルのこと、フィアンセによく話してたの。ずっと好きだった人だって、これからも多分ずっと好きでいる人だって。そしたら彼、何て言ったと思う? 『ぼくも死んだ妻をずっと愛し続ける、だから結婚してくれ』ですって。何だか、嬉しかったわ。変よね」
 デビーは絶対に幸せになれる。そう確信した。
「で、子供ができちゃったわけ。私も久し振りだったけど、彼はもっと久し振りだったみたいで、あっという間に中で出しちゃったのよ」
 この女性は……本当に全く変わっていない………………。
「サトルも、一人だったわ」
 ……だからどうだというのだ。滝田にはもう関係の無いことだ。
「あなた、サトルのこと、まだ好き?」
「え?」
 あまりの驚きに携帯を落としそうになる。
 返す言葉が見つからない。
 この一年半、そんなこと考えたこともなかった。
「サトルに、会ってみない?」
「………………………」
「何て言うか、もう一年半も経ってるし、ほとぼりが冷めたっていうか。あなたたち、いろいろあったみたいだけど、やっぱり結ばれて欲しいのよ。私がこうなったから言う訳じゃないけど、サトルは私の分身だから、あなたたちにも幸せになって欲しいの。私だけ幸せになるんじゃ辛いわ」
 もう滝田の親はすべて知っている。ニューヨークで何があったのか知っている。
 今でも時々高い空を見上げて遠い目をする滝田に、母は言うことがある。
『あんたさえ幸せならそれでいいって、あんたの都合のいいように取っていいんだよ』
「テキサスはゲイには暮らし辛い州よ。ゲイ嫌いのブッシュのお膝元ですものね」
 ブッシュはテキサス州の石油産業の実業家、そしてテキサス州知事を経て、アメリカ大統領となった。
「馬鹿よね、そんな窮屈な所へわざわざ。あなた、行ってあげなさいよ。二人でカナダに移住すれば? カナダに音楽学校はいくらでもあるわ。日本の子の学校だってあるんじゃないの?」
「でも…」
「サトル、結婚式に来てくれるわ」
「………………………」
「六月、何とか都合が付かないかしら」
 …行ってみようか。
 そんな気持ちになった。
「やけぼっくりなんて火が点かなくて元々よ。サトル、あなたが許してくれるはずないって言ってたけど」
「そんな、ボクが悪かったんだ、優柔不断で」
 思わず早口で答えてしまった。
「あら、そうなの」
 懐かしい少しとぼけた口調でデビーが言う。
「あ…、う、うん…」
「どうする?」
 即答なんて出来る訳ない。
「まだ一ヶ月あるから、ゆっくり考えて。返事は直前でいいわよ。決めかねるようならコインでも投げなさいよ。当日突然現れるっていうのも、エキサイティングかもね。それじゃ、シャワー浴びるから、もう切るわね。私、最近早寝早起きなの」
「あ、うん、そうだね。それじゃ、体に気を付けて。元気な赤ちゃん産んでね。生まれたら写真送ってね」
「ええ。でも、その前に会いましょうね。妊婦の私に会いたいでしょ?」
「あ、うん…………」
「今はまだ全然膨らんでないのよ。なのに友達に妊娠の事話したら、もう臨月なのか、ですって。失礼だと思わない?」
 そう言ってデビーは携帯が震えるほど大きな声で笑い、滝田は思わず携帯から耳を離してしまった。
「またね、リュージ」
「うん…………また…」
「恋とはどんなものかしら」
「……何?」
「『フィガロの結婚』よ」
「あ…ごめん、解んないや」
「どっちが?」
「え?」
「おやすみなさい」
「……………おやすみ」
 電話を切っても、まだニューヨークのバーにいる気分だ。
 職員室の窓から園児たちが走り回る姿が見える。やっと園庭に出して貰えた年少児の一人が、何とか逃げ出そうと門を叩いて大泣きしている。
 見上げれば雲ひとつない五月晴れの空だ。季節こそは違うが、あの結婚式の日の秋晴れの空と同じ色だ。
 誰かが背中に触れたような気がした。驚いて振り向くと誰もいない。すると体のあちこちをチクチクと何かが這うような感覚に襲われた。
 もう一年半も経つのに、忘れようとしても、滝田の体が寺本の体を憶えている。滝田の耳が寺本のささやく声を憶えている。滝田の目が寺本の揺れる髪を、しなやかな体の動きを憶えている。
 高い空を飛行機が飛んで行く。
《好きだよ。君のことが、大好きだよ》




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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

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