射手座の男/赤いマスタング

18禁のBL小説です。音大のバイオリン専攻大学院生×ピアノ科学生の恋愛と、ニューヨークに住む30代日本人男性二人の恋愛の2本を載せています。※移転しました。移転先はプロフィールの下に。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

射手座の男 6

 寺本の家は閑静な住宅街にある。
 寺本は母親に甲馬のことを「広瀬の弦の先輩で、広瀬も一緒にアンサンブルをする」と紹介した。広瀬の名前は寺本の家では水戸黄門の印籠のような物だそうだ。「クリスマスの施設慰問で演奏する曲を決めるために広瀬が来る予定だったが、来られなくなって、代わりに先輩が来てくれた」と説明した。それで何故その先輩が泊まってまでいかなくてはならないのか、寺本の母親は特に問わなかった。広瀬サマサマだ。甲馬は恐い顔を極力優しそうに見せる努力をした。
 父親は出張中で、歳の離れた兄はもう結婚して大阪の社宅に住んでいるという。こんな状態で甲馬が泊まっていいものかどうか心配だったが、全く問題ないと寺本は言った。母親は、いつも父親の帰りが遅いので一階の和室で寝るのだそうだ。
 家が米屋である甲馬には、父親の帰りが遅いという感覚がよく解らない。時々ある商店街仲間の飲み会の時などは、甲馬の母はさっさと電気を消して先に寝てしまう。甲馬が夜遊びから帰って来ても必ず電気は消えている。いつも自分で鍵を開けて中に入る。炊飯器には米粒ひとつ残っていない。しかし寺本の母親は、どんなに遅くても必ず起き出して、父親の夜食の用意をするのだそうだ。父親もその和室で寝る。二人とも夜はまず二階へは上がって来ない。母親は昼間トールペインティング教室や友達とのランチで忙しく、父親が出張中は早々に寝てしまうという。
 寺本の母親は美人だった。しかし寺本とは似ていなかった。寺本は儚(はかな)げな美人だが、母親はどちらかと言うと気の強そうな美人だ。昔から父親が不在がちで、あれで母親が気が弱かったら子供は育てられなかったと寺本が言っていた。寺本は結構マザコンだ。マザコンのクセに男が好きなのはどうしてなのだろう。
 甲馬はマザコンになりたくてもなれなかった。あの母親ではマザコンになるのは無理だ。神田生まれの母は男言葉を話す。だから甲馬も口が悪い。口より先に手が出るのも母親譲りだ。母はお世辞にも美人とは言えない。恐い顔をしている。だから甲馬も恐い顔をしている。甲馬は母親似で、瓜二つと言われる事もある。甲馬の顔で女では絶望的だ。母は背が高くて筋肉質で肩幅も広く、声も低くてハスキーだ。ズボンをはくと男と間違われ、スカートをはくとニューハーフに間違われる。本人はあまり気にはしていないようだが。
 まず一階のリビングでコーヒーを飲みながら母親のおしゃべりに付き合い、それから寺本が「そろそろ仕事を始める」と言い、二人で二階の寺本の部屋に上がった。
 寺本の部屋は、予想通り、野郎の部屋とは思えないほど片付いていた。母親ではなく自分で掃除するそうだ。それにこの部屋は何となくいい匂いがする。
 本棚には楽譜が適量ずつ作曲家別のファイルボックスに収められ、それがきちんとアルファベット順に並べられていた。甲馬の楽譜は、小石川に居る頃は時々広瀬を呼んで整理させていたが、マンションに移ってからは広瀬を呼んでいないので整理整頓も何もあったものではない。マンションに来てもいいなどと広瀬に言えば、あいつはとんでもない時に現れそうだから、絶対に来るなと釘を刺してある。寺本に「今度オレの楽譜も整理してくれ」と頼んだら、めんどくさいから嫌だと断られた。冷たい奴だ。
 母親が「後でお茶とお煎餅を持って行くから」と言ったので、とりあえず寺本の部屋でいちゃいちゃはできなかった。寺本が「服を着たまま軽くいちゃいちゃしましょう」と言ったが、それだけで止まれる自信がなかったのでやめておいた。
 寺本のベッドの横のソファベッドの上に、枕と畳まれたシーツと掛け布団が置かれていた。
 レポート用紙にいくつかアンサンブル曲のタイトルを書き、これ見よがしにソファベッドの上に置いた。それから一緒にテレビやビデオを観たり、おしゃべりをしたりして、夕食までの時間を過ごした。
 寺本の家では、いつも夕食は寺本と母親二人きりだそうだ。甲馬と三人での夕食に、母親はとても嬉しそうだった。だから外泊は駄目でも友達を泊めるのはOKなのだろうか。息子が夜中に二階で何をしているのかも知らず。遊び人の甲馬が、少し寺本の母に申し訳なく思った。
 夕食は豚肉の生姜焼きなのに、寺本の家では何故かポークジンジャーと呼んでいた。味噌汁に入っている麩のこともユバと呼んでいた。いずれにしても全部美味かった。甲馬は遠慮してご飯を一度しかお代わりしなかったが、寺本は山盛りで三杯も食べた。

 パジャマを着た寺本が頭からタオルを被って部屋に入って来た。ドアをパタンと閉め、タオルで髪をごしごしと拭き始めた。パジャマ姿の寺本を見たのは初めてだ。合宿ではTシャツとジョギングパンツで寝ていた。紺のストライプの囚人服のようなパジャマ姿が可愛らしい。まだ体が火照っているのか、そのピンクの肌には匂うような色香がある。甲馬はベッドの上に座って、寺本の部屋の小さな冷蔵庫の中から勝手に拝借したビールを飲みながら、その肌を見つめた。
「ここに泊まる最大の欠点は、一緒にお風呂に入れないことですね」
 嬉しいことを言ってくれる。甲馬のマンションで一緒に風呂に入るのを、こいつは楽しいと思ってくれているのだ。
 バスタブを泡風呂にして泡を掛け合う時の寺本は本当に楽しそうだ。「本気じゃない」といつも憎まれ口を利いているあの男と同一人物だとはとても思えない。そして手に石鹸をたっぷりと付け、甲馬の体を隅々までなで回す。硬い尻もなで回す。穴の周りもなで回す。甲馬は辛いが我慢する。そして甲馬の厚い胸に自分の胸を擦り付け、耳元で息を吐きながら「気持ちいい」と言う。甲馬はその都度体が震えた。耳を噛んでくれる事もある。
「僕のパジャマ、似合いますね」
「あ、そ、そうか?」
 風呂場の寺本を思い出し、既に勃ってる。
 甲馬は寺本の緑のストライプのパジャマを借りた。彼はストライプのパジャマが好きなのだろうか。それとも母親の趣味だろうか。甲馬が寺本の母親だったら、ピンクのネグリジェを着せるのに。また怒られるだろうから寺本には言わなかった。
 寺本がベッドの端に腰掛けた。
「何ていうか、親が下にいると思うと、緊張するな」
「そうですか? 僕は慣れてるから」
「あ、そうですか」
 甲馬は素っ気なく言ってビールを飲む。
「あれ? ヤキモチですか?」
「ああ、ヤキモチだ」
「広瀬もよく泊まりに来ますよ」
「それは別にいいけど。あいつじゃ餅を焼く気にもならない」
「あ、でもあいつ、カノジョができたから、最近は全然来なくなったな」
「まだ続いてんのか? 信じらんね」
「ラブラブだそうですよ」
「あいつで勃つ奴の気が知れないぜ」
「勃ちませんよ、女の子ですから」
「ま、振られるのは時間の問題だな」
「そういう甲馬さんだって、誕生日に一人なんて、女の子たちに振られちゃったんですか?」
 寺本が真顔で聞く。
 甲馬は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。萎えた。
「……おい、何言ってんだよ」
「振られた訳じゃないのか。今日はたまたまみんな都合が悪いとか…」
 丁度いい具合に酔いが回って来ていたのに、一気に醒めてしまった。
「馬鹿言ってんじゃねえよ、女なんかいねえよ、オレにはお前だけだよ、お前のためにケツの穴がヒリヒリするのも我慢してるのに、ひっでえな、その恐ろしく無神経な質問」
「しっ、声が大きいですよ」
 何だか悲しくなってきた。何故か尻の穴が痛くなってきた。さすがの甲馬も「ま、いいや」とは言えない。肩を落として、頭が首からもげてしまいそうなくらいうなだれた。
 萎え萎えだ。
「春からずっとヤッてなかったって、言っただろうが…」
「もしそれが本当だとしても、春までの本命の子とはどうなったんですか? 嫌ですよ、修羅場は」
 本命か。本命ねえ。
「本命なんて……ずっといなかったよ」
「ホントかなあ」
 そういう相手とは、いったいどのように付き合ったらいいのだろう。多分、常に連絡を取り合い、週末には必ず会って、映画を観に行ったり、公園を散歩したり……
「高校の頃は、そんなような奴もいたことあるけどよ、長続きしなくてな。大学入ったら決まった相手って作らなくなって」
 週末はたいてい伊藤教授から大量の宿題を出された。高校卒業までは、朝からみっちり授業を受け、放課後は楽器の練習と学校の宿題であっという間に終わる。じっくりとデートして、愛を温めて、なんていう余裕はなかった。「忙しくてしばらく会えない」と言うと泣きだしてしまう子もいて、どうしたらいいのか解らず途方に暮れたものだ。年上のさばけた女子大生やOLが一番楽に付き合えた。
「女ってよく解んなくてな。突然泣き出したり、拗ねちゃったり、髪の毛切ったの、気が付かないのが悪いとか怒り出したり、何なんだよ、あれ」
「広瀬はそういうところが可愛いって言いますよ」
「ああ、土井もな。でもオレは、それのどこがどう可愛いのかよく解んないんだよ。お前は? 可愛いと思う?」
「………………」
「…愚問だったな」
 オカマに聞くような質問ではなかった。
「でも、中年のおじさんがさめざめと泣いちゃったりすると、可愛いなって思いますよ」
 やっぱりこいつに聞いたオレが馬鹿だった。
「おじさん、好きなの?」
「結構」
 嬉しそうに笑ってうなずいた。
「あ、そ」
 これも聞いたオレが馬鹿だった。
「でも、廊下でお前が泣いたの見た時、興奮したんだよな、オレ」
「…泣いてなんかいませんよ、僕」
 可愛い奴だ。一人前に照れてやがる。
 女の泣き顔に辟易し、それからは次に会う約束をしないような気軽な関係を求めるようになった。不特定多数とのその場限りの付き合いは、甲馬の性にも生活にも合っていた。
「ま、タコの握手ってとこだな」
「何ですか? それ」
「一人で八人と握手してよ、その八人も他の七本の手で別の奴と握手してるんだ。だから、別にオレが構ってやらなくても、揉めるこたないだろ?」
「ああ、気楽ですね」
「いつも、気が向いた時に、気が向いた相手とって感じで」
「僕と同じだ。気が向いた場所で、でしょ?」
「お前の場合は事情が事情だからな。オレの場合は、何ていうか、性格歪んでるんだよな。普段からあれ駄目、これ駄目って言われて」
 甲馬はビールの缶を持ったまま後ろ手をついた。
「学校の体育もよ、いつも除け者だよ。指、怪我すると困るとか言われて。他の奴だってみんな楽器やってんのによ」
 行動を制限されたことと、女を誠実に愛せないのとは関係ない。それは解っているのだが。
「甲馬さんは特別扱いだったから」
「サッカーくらいさせてくれたっていいのに。気に入らねえ奴に向かって思いっ切り球蹴り飛ばしてやりたかったのによ」
 本当に悔しそうに甲馬が言った。
「でも、『無事これ名馬』って言うだろ? どんな運動したって、怪我しないのも実力のうちなんだよな」
「僕は甲馬さんとは違うから、学校の体育は普通に出てました。名馬じゃないけど、そう言えば突き指なんてしたことなかったですね」
「運動会とか出してもらえなかったしな。出たかったな、運動会。オレ、逃げ足だけは速いんだぜ。トンカチで本箱も作りたかったしよ」
「でも、そのお蔭っていうのも変ですけど、十月のコンクール、優勝したじゃないですか」
 甲馬はさっきよりは少し小さな豆鉄砲を食ったような顔になった。
「知ってたのか?」
 身を乗り出す。
「もちろん。おめでとうございます。今更ですけど」
 そうだ。今更だ。どうしてもっと早く言わなかったんだ。一番祝って欲しかったのはお前だったのに。でも嬉しかった。
「どうせ後から広瀬にでも聞いて知ったんだろ?」
「新聞記事も読んだし、雑誌も買いましたよ。かっこよく写ってましたね」
 素直に喜ぶのが悔しかったので、口元が緩むのを必死に抑え、わざとすまして言った。
「まあな。元がカッコイイからな。でもな」
 嬉しさと一緒に、実は本当に素直に喜んでいない自分が出て来る。飲み終わったビールの缶を握りつぶした。
「みんな海外に出ちゃうからな。所詮国内に残ってる奴らの争いだ。これから海外に行く若い奴らとかな。二位の女の子は高二だってよ」
「甲馬さんだって、高三で三位まで行ったじゃないですか」
「…広瀬に聞いたのかよ」
 そんなことまで知ってたのか、こいつ。
 甲馬だって留学する気になればいつでもできる。伊藤教授にも勧められているし、父親は「米屋だってそのくらいの経済力はある」と豪語している。コンクールに優勝した後、奨学金を出してくれるという団体もいくつか現れた。しかし猫も杓子も留学留学と騒ぐ中、ひねくれ者の甲馬は、以前から「意地でも国内に残るぞ」と半ばヤケになっている面がある。ヤケになった手前、今更ほいほい留学したいなどと言い出せなくなってしまった。国内にいながらにして国際コンクールで優勝した後輩の女の子のことも意識しているのかもしれない。
 唇を噛んで目を伏せた甲馬の左手の甲に寺本の手が触れた。ハッとした。
「これからいくらでも世界に挑戦できますよ。世界は逃げません。伊藤先生がついてるじゃないですか。それに、日本一は日本一です。優勝した人がもっと喜ばなきゃ、二位以下の人が浮かばれませんよ」
 そう言って甲馬の左手をギュッと握った。寺本から手を握ってくれたのなんて初めてだ。下半身を握って貰うより心が落ち着いた。
「そうだな、浮かばれないな。…なんか死んじゃったみたいだな」
「あ、そうですね、あは」
 一度大きく目を見開いてから、白い歯を見せて三日月形の目で笑った。そして握った手の長い指で、甲馬の手の甲を何度もトントンと叩いてくれた。ガキの頃、コンクールの出番待ちの時によく母親がやってくれたみたいに。いつも恐い顔の母が、その時だけは優しい顔になったものだ。
「ビール、もっと飲みます?」
「あ…ああ、ありがとな」
「十年前もよく写ってますよ」
 静かに手を離しながら寺本は立ち上がった。キョトンとしている甲馬の右手からつぶれた缶を取り上げゴミ箱に捨てると、冷蔵庫から新しいビールを出し、机の隣の本棚へ歩いて行った。
 本棚をしばらく眺めてから雑誌をひとつ取り出してベッドに持って来た。ビールを渡しながら表紙を甲馬に見せる。月刊の音楽雑誌だ。表紙は少し黄ばんでいる。表紙の女性の顔も昔のドぎつい化粧だ。
「ちょっと待って下さいね」
 寺本はまたベッドに腰掛けて、パラパラとページをめくり始めた。少しホコリ臭い。
「すっげぇ古い雑誌だな」
 雑誌を覗き込みながら新しいビールを開けた。
「ほら、可愛いでしょ?」
 寺本が開いて見せたページには、坊主頭の甲馬がいた。
「学生コンクールの中学生部門で全国優勝した時のですよ」
 神童と呼ばれる子供はいつの世も巷にあふれている。神童と呼ばれた子供はやがてそのほとんどが凡人となる。それ故、神童と呼ばれた子供はいつも重い物を背負っている。
 この時の東京地区大会で二位になった中三の女の子は、もうとっくにバイオリンはやめたと聞いた。そして三位になったフランス野郎のスズキは今ドイツだ。
 スズキはすごかった。中学の頃からひねくれていた甲馬は、地区優勝したのは自分ではなく、自分の一千万近い値段の楽器だと思った。百万程度の楽器の竿を悔しそうに握り締めるスズキの顔を、横目で見たのを憶えている。あの程度の楽器で三位に食い込んだスズキに身震いしたのを憶えている。伊藤教授から楽器を借りて出場した奴よりも上位に行ったスズキの左手の動きを憶えている。スズキの父親は二流楽団でビオラを弾いていた。甲馬の父親は米を売っている。
 東京大会優勝後、全国大会に進んだ中一の甲馬は、全国大会でも優勝を果たした。
 ガキのコンクールの一位、二位、三位などテクニックに大差はない。どんぐりの背比べだ。情感云々まで出せるガキはそうはいない。順位を決めるその極僅かな差を作るのが、運と体調と楽器だ。
 楽器をグレードアップすることによって五が十にはならない。結局は弾き手の腕だ。楽器の力でせいぜい五が六、十が十一になるといった具合だろう。何百万、何千万という金を費やしても、ほんの、ほんの僅かな差だ。それでも、そのほんの僅かな差のために、演奏家たちはローンを組む。著名な演奏家ならば、何億という値が付くアントニオ・ストラディバリやガルネリ・デル・ジェスなどが製作した銘器を、財団等に無償で貸与して貰える。そこまでになるのは並大抵のことではない。
 バイオリン小僧どもは誰しも、そんな楽器を弾かせて貰うことを夢見る。見果てぬ夢と知りながら、そんな楽器を持ったならば、自分ならどんな音を出せるだろうと、甘くとろけるような夢を見る。
 バイオリンは真剣にやろうとすると金の掛かる楽器だ。楽器の値段が上がれば、弓もそれなりの値段の物を買わなくてはならない。バランスの悪いペアを組ませることはできない。買った後も大変だ。頻繁に張り替える弦の値段もピンからキリだ。安い弦では安っぽい音しか出せない。練習量が多ければ、弓の馬の尻尾の毛も必然的に頻繁に張り替えることになる。
 スズキは中三の時、モダン・フレンチのかなり良い楽器を買った。一度半分脅して取り上げ、弾かせて貰ったことがある。悔しいがやたらのオールドよりもいい音だった。そして中学を卒業すると父親と一緒に海外へ出てしまった。今では大きな国際コンクールで予選を通るほどになったと土井が言っていた。
「すっげぇ懐かしいよ。この雑誌、オレんちにまだあるのかなあ。お前、どうしてこんな古いの、捨てないで持ってるの?」
 甲馬はビールを枕元のサイドボードの上に置いて身を乗り出した。
「実は僕、この時、ピアノの小学生部門で全国大会まで行ったんですよ。ここに小さく名前だけ載ってるでしょ?」
「え?」
 甲馬が驚いて寺本を見ると、寺本ははにかんだ表情になった。
「すげえじゃん、お前」
 甲馬は基本的に他人に興味がない。名前を憶えるのも苦手だ。聞いても憶えられないので、最初からなるべく聞かないようにしている。バンドの野郎どもの名前も、どうせ憶えられないだろうから聞かなかった。気になるのはバイオリンがやたら上手い奴か、かっこよくてやたら女にモテる奴くらいだ。自分が中学の時に小学生部門がどうなっているのか、ましてやピアノ部門では誰が入賞しているのか、例え同じ学校の奴でもそんなのを気にすることは全くなかった。
「すげえよ、知らなかったよ」
「まぐれだったんですよ」
「まぐれで済みゃ審査員は要らねえよ」
「これで運を全部使い果たしました。全国大会は悲惨で、それからはずっと鳴かず飛ばずです。甲馬さんみたいに、小学校低学年からずっと常連の子とは違いますよ」
 確かに小学生部門では低学年から特別賞などを貰ってちやほやされていた。しかしピアノ小僧の寺本がどうして知っているんだ。
「お前、その頃からオレのこと知ってたの?」
「そりゃあ、甲馬さんは有名だったから」
「そうなの?」
「いろんな意味で」
「おい、何だよ、それ」
「中学の時なんて、毎日のように広瀬から甲馬さんの話聞かされてました。あいつ、甲馬さんの追っ掛けですもんね」
「気持ち悪いんだよ、あいつ。すぐ抱き付いてくるし」
「甲馬さんのこと、崇拝してるんですよ」
 広瀬のことなんてどうでもいい。
「お前、そんなに昔からオレのこと好きだったんだ」
 甲馬は寺本の横顔を見つめてつぶやくように言った。
「誰もそんなこと言ってないでしょ」
 雑誌を見つめたまま、寺本は鼻で笑った。
 蹴っ飛ばしたくなった。この状況の場合、「はい、ずっと好きでした」としがみ付いて来て、そのまま事に及ぶ、というのが自然な流れだろうが。まだ意地を張っている。
「この写真見て可愛いって言ったじゃんか」
 ムッとした甲馬が寺本を睨む。
「中学生だから可愛いけど………でも、この顔、やっぱり恐いですよ」
「何言ってんだよ。このつぶらな瞳を見ろよ。紅顔の美少年だ。スティングみたいだ」
「あ、似てる…」
 この写真を撮られた時のことはよく憶えている。そのふて腐れた顔で何を考えていたか、よく憶えている。
「この時さ、オレ、何考えてたか、解るか?」
「さあ、いやらしいことですか?」
「馬鹿野郎。運動会出たい、運動会出たい、だよ」
 このコンクールの次の週が運動会だった。優勝した褒美に出られると思っていた。出させて貰えなかった。
「体動かしたいじゃん。下も溜まるし。指使うなって言うから、家の周りをぐるぐる走ったよ。訳解んなくなると、ひたすら走った」
「そう言えば甲馬さん、学校でもよく走ってますよね、すごい勢いで。恐くてみんな除けてますよ」
「まとまった時間ができるとひたすら泳いでるしな。お前の大好きなこの枕は区民プール製だ」
 甲馬は自分の厚い胸と太い二の腕を叩いた。
「ナイターの明かりに誘われて後楽園まで走って行っちまってな、帰れなくなって交番行ったこともある。迎えに来た母ちゃんにぶっ飛ばされたぜ。でもお蔭で足腰が強くなった」
 そうだったのか。こいつはそんなに長い間オレのことが好きだったのか。もっと早く言えばよかったのに。いや、しかし当時寺本は小学生だ。好きというより憧れの気持ちの方が強かったはずだ。それがいつ恋心に変わったのだろう。
「だからって、弾くのが嫌だとか、やめたいとか、そういう訳じゃないんだよ。ガキの頃からメシ食うのと同じ感覚で弾いてきたろ? 今更弾くなって言われてもなぁ。お前もそうだろ?」
「そうですね。気が付いたら弾いてたっていうか、ひらがな読む前に音符読んでたっていうか」
「オレは…小学校入ってもしばらくひらがな読めなかったけどな」
 寺本はまた雑誌のページをめくり始めた。
「やめたいと思ったことはないけど、でも、僕レベルですもん、高くて厚い壁にぶち当たって落ち込んでばっかりです」
「オレ、ガキの頃、壁にぶち当たっても気が付かなかったんだよな、幸か不幸か」
 甲馬は首をひねった。
「壁なんてなかったんじゃないですか?」
「んなわけねえよ。壁だらけだったと思うぞ。乗り越えたんだか、乗り越えてないんだか、乗り越えないで壁ぶち壊して来たんだか」
 寺本の肩に顎を載せた。
「それが大学に入ってからドカーンと来てな」
 寺本はまたホコリ臭い雑誌のページをパラパラとめくり始め、二人の大学の広告のページで手を止めた。
「壁慣れしてねえから、どうしたらいいのか解んなくて」
「甲馬さんでもそんな時期があったんですね」
「あったさ。でも、どうしようもないんだよな。あがいたって上手くなるもんじゃないし。冬にスイカが食いたいと思っても食えねえのと同じなんだろうな、きっと」
 弱い自分を丸出しにしていた。
「ああ、なんか走りたくなってきた」
 高一の時、学生コンクールの高校生部門で全国優勝してしまった甲馬は、翌年から大学生に交ざって大人のコンクールを受け始めた。そして高三で入賞した頃は、確かにそれなりに天狗になっていた感がある。そして音高を卒業して音大に入り、来るべき時が来た。
 壁だ。スランプだ。
「あれだけ弾けててスランプなんて、広瀬が聞いたら泣きますよ」
 天性のいい加減さのお蔭で周りにはそう見えなかったらしいが、甲馬本人は、遅々として前進しない自分に常に怒りと焦りを感じていた。これまたいい加減な性格のお蔭で、幸いノイローゼになったり、無理な練習が祟って腱鞘炎になったりするような事態は避けられたのだが、それゆえ内に秘める苦痛は大きくなって行った。気分転換が必要なのかと、ソロよりもオケに力を入れていた時期もある。また、伊藤教授に隠れてジャズ・バイオリンやジプシー・フィドルをかじってみたりもした。そのままポップス系に移ってしまおうかなどと考えたこともあった。
 音楽コンクールには、なまじ高校生で入賞してしまったせいもあり、優勝する自信が持てるまでエントリーしたくなかった。教授も同じ事を考えていたらしく、無理に勧めるようなこともしなかった。
 学部を卒業する頃に徐々にエンジンが掛かり始め、そう、寺本と再会した頃に弦が急に弾け出したような気がする。寺本のつれない態度を思えば音は切なくなり、寺本の笑顔を思えば音は柔らかくなった。伊藤教授に「甲馬くん、恋をしてますね」などとからかわれたこともあった。
 スランプを脱出した今、ふらふらと回り道ばかりしていたあの学部の四年間はそれなりに意味があったと思っている。
 鬱な自分に気付いてくれていた友達は多分土井だけだ。いつも絶妙なタイミングで美味い物を食わせてくれた土井には本当に感謝している。悲しいかな、美味い物を食うと、甲馬はかなり落ち込んでいてもたいてい元気になってしまうのだ。どんなに蹴られても尻尾を振ってまとわり付いてくれた後輩の広瀬にも感謝している。
 寺本は何事もあまり突っ込んで聞く事をしない。黙っている甲馬にそれ以上何問わず、雑誌をめくり続けている。
 大昔の広告が懐かしい。雑誌に写る女性たちはみな青や緑のアイシャドーをしている。マスカラで固めたまつ毛も今見るとかなり妙だ。雑誌を読む寺本のまつ毛の方がずっと長くてきれいだ。
「真剣に悩めばいいのによ、強い足腰爆発させて気を晴らしちゃってよ。ま、それは高校の頃と変わんないんだけどな」
 本気じゃないとか遊びだとかうそぶいているが、こいつはこの十年間、頻繁にこの雑誌を出してきてオレの顔を見ていたんだ。さぞ胸が苦しかっただろう。
「悪かったな、気付いてやれなくて」
「………はい?」
 夏合宿でオレを誘ったのは計画的だったんだ。長年温めてきた想いを遂げて、さぞ満足だったことだろう。合宿の後東京に戻ってから、勇気を出して声を掛けてやるべきだった。悪い事をした。
「辛かったろ。ごめんな」
「………?」
 甲馬は寺本の手から雑誌を取り上げてベッドの上に置いた。そして腕ごと後ろから抱き締めた。キスをした耳にはまだ水が溜まっていた。こいつは髪を洗った後ドライヤーで乾かさない。乾かさないどころかブラシでとかすこともしない。部屋は片付いているのに、自分の身の回りは構わない。変な奴だ。
「今思えばさ、何が楽しくてあんなことしてたんだろうな。とにかく、女とヤりたくてヤりたくてさ、オレのツインカムターボを食らえぇとかさ、何分でいかせたとかさ、一晩で何人ナンパできるか争うとかさ」
 頬を寺本の頬に押し当てた。貼り付いて来るような肌だ。更に強く抱き締めた。
「そんなのよりさ、こうして一番好きな奴だけを後ろから抱き締めてじっとしてる方が、ずっと、ずっと気持ちいいのにな」
 本気で愛してくれた女の子もいたはずだ。自分さえ努力すれば本気で愛せた女の子もいたはずだ。
『私、甲馬くんのこと、本当に好きだったのよ』
 留守電にそんなメッセージが残されていたことがある。さすがの甲馬もズキンと胸が痛んだものだ。しかし痛んだところで誰が残したメッセージなのか検討も付かず、そのまま次の日の朝にはそんな事などすっかり忘れた。
 寝る前に、もっとその子を知る努力をすべきだったのかもしれない。何故それができなかったのだろう。
「好きだぜ。ものすごく好きだ」
 いわゆるロクデナシだったのだ。相手の気持ちなんて考えたこともなかった。相手だって生身の人間で、嬉しければ笑い、悲しければ泣くということを考えもしなかった。思いやりとか気遣いとか、そんな言葉の存在すら知らず、自分も相手も下半身が満たされれば心も満たされると勘違いしていた。
 そしてこの男を愛した。
 抱き締めるだけで、こんなにも心が満たされることがあるなんて、夢にも思わなかった。
「なんか、オレ、初めて心から言えるぜ。愛してるぜ、寺本。好きで好きで、涙が出てきちゃいそうだ。お前もそうだろ。な? 解ってるよ」
 抱き締める甲馬の太い腕に、寺本は両手を当てる。
「強引だ。ホントに射手座だなあ、甲馬さんは」
「くくるなよ」
「…え?」
「星座とか血液型とかでくくるなよ。お前の一番嫌いな事言うぞ。女みたいだって」
 こんなに心が満たされているのに、すっかり萎えている。男というのは勃っている状態が一番気持ちいい状態なのだと思っていたのに。
「オレはオレだ。甲馬だ。お前を愛してる甲馬だ。お前はお前だ。オレを愛してる寺本だ」
 なのに、こんなに萎えている状態が、こんなに気持ちがいいなんて。
「何でこんなに好きになっちゃったんだろ」
 甲馬が寺本の首筋に唇を当て、その喉に顔をうずめると、寺本は顎に熱いものを感じた。
「…………ホントに泣いてるの?」
「悪いか」
「甲馬さん…」
「おかしかったら笑え。今日二十三になった男が泣いちゃ悪いか」
 寺本は甲馬の額に何度もキスをした。
「…甲馬さん?」
「うるさい、黙ってろ」
 今度は甲馬の濡れたまつ毛にキスをした。一度開けて、また閉じた甲馬の瞼から、一筋熱いものが流れた。
「お誕生日、おめでとう」
 目を開けた。
「まだ言ってなかった」
「あ…ああ。ありがとな。嬉しいよ」
 甲馬の右手が寺本の股間へ下りる。
「後ろから抱き締めてじっとしてるのが気持ちいいんでしょ?」
「うん、でも、やっぱり、もっと気持ちいいこと、したい」
 甲馬の萎えていた物が息を吹き返した。

「プレゼント、何がいいですか?」
 先程飲んでいたビールの残りを飲みながら、甲馬が目を見開いた。
「泊めるだけじゃなんだから、やっぱり何か買います。いつもご馳走になってるし。何がいいですか?」
 ビールはもうすっかり気が抜けてしまって恐ろしく不味い。甲馬は飲むのを止めてサイドボードに戻した。ひと汗掻いて、本当は一服したいところだが、煙草を吸わない寺本の部屋で吸うのは気が引ける。
「いいよ。お前がいれば何も要らないよ」
「何か言って下さい。要らない物をもらっても仕方ないんでしょ?」
「それじゃ……ちょっとこっち来い」
 寺本は甲馬に顔を近付ける。
「声」
 寺本の耳元に言った。
「お前の声が欲しいよ」
「僕の声?」
 寺本が怪訝そうな顔をする。
「お前、滅多に声出さないだろ? 顔はものすげえ顔するのによ。もっと、声が聞きたいよ。感じてるっていう証拠が欲しいよ」
「感じてますよ」
「ホントに?」
「はい、ものすごく」
 ものすごく色っぽく寺本が言った。
「だって、甲馬さん、すごいもの」
 目を細めてもっと色っぽい顔になった。
「ホント? オレってすごい?」
 寺本が大きくうなずく。
「すごいのに、声が出ないのか? アハ~ンとか、イヤ~ンとか」
 寺本が顔をしかめる。
「男がアハ~ンとかイヤ~ンとか言うんですか?」
「ま、確かに変か」
「変ですよ」
 勇気を出して気になることを聞いてみた。
「………今までも、出なかったのか?」
「憶えてません。そういう時は夢中だから」
 夢中ときた。
「あ、そうですか」
 不愉快になって、気の抜けたビールをまた一口飲んだ。あまりの不味さに舌を出す。
「あ、またヤキモチですか?」
「ああ、そうだよ、悪かったな」
「甲馬さんだって出ないでしょ? ウリャーとかオリャーとかばっかりだ」
「そりゃあ、気合い入れるからな」
「いてぇ、とか」
「だって痛いんだもん」
 甲馬は口を尖らせた。尖らせたままぼやく。
「オレ、声が出ないと、なんか、不安でさ」
「でも、言われて出すんじゃ演技ってことじゃないですか。そんなの嬉しくないでしょ?」
 知るか、そんなの。
「解ったよ。じゃもういいよ」
 寺本に背を向け布団を被ってしまった。
 しばらく黙っていた寺本が、甲馬の丸い後頭部に言った。
「そのプレゼント、後であげます」
 甲馬は振り向いて寺本を見た。
「だって、今日、ここでは無理でしょ」
 声を潜める。
「確かにな」
「今日はもう静かに寝ましょう」
「何言ってんだよ。まだ一回しかしてないじゃないか。一晩中する約束だぞ。寝るなよ」
「でも、なんか、眠くなってきちゃった」
 首を傾け眠そうにトロンと目を閉じる。
「誰も寝てはならぬ」
「それじゃあ…次は僕の番ですよ」
「………………」
 せっかく夢見心地だったのに、一気に現実に戻された。
 可愛い顔をして、どうしてこいつは自分もいれたがるんだ。いつか交渉してきちんと役割分担したいと思っているのだが、そう言ったらこいつは悲しがるだろうか。
 甲馬に覆い被さった寺本は、既に立派な雄の顔だ。何だかドキドキしてしまう。
「後ろ向いて下さい。いっぱいなめてあげます」
「あの……それ…いいよ、オレは」
「だってなめないと痛いですよ」
「ベビーオイルか何か塗ったんじゃ駄目なのか?」
「なめさせて下さいよ」
 気持ち悪いんだよ、あれ。腹は痛くなるし、屁が出そうになるし。でもなめないでいれたら痛いだろうし。痛し痒しだ。それにされている自分の姿も考えたくない。
「バター塗ります?」
「で、結局なめるんだろ?」
「そうですね」
「だったら同じだろうが」
 こんなゴツイ男の尻の穴をなめて、果たしてこいつは楽しいのだろうか。だったらせめて…
「なあ」
「はい?」
「電気、消してくれよ」
 沈黙が流れる。
「大丈夫ですよ。結構、いい色してますよ」
「ホント?」
「見てみます? 写真撮りましょうか?」
「そんなの現像に出すのかよ」
「アップで撮れば何だか解りませんよ」
 いや、あれはどう見ても。
「いいよ、別に。でも…やっぱり電気消してくれよ」
「嫌です。いただきます」
「げ」

 次の日の朝、甲馬は左腕にしびれを感じて目を覚ました。腕の上に蒼白い顔で眠る男。
 朝目覚めると隣に寺本がいる。やっとこれができた。最高の誕生日プレゼントだ。
 甲馬はしばらくその血色の悪い顔を見つめた。その男は左手を甲馬の胸に置いていた。夕べ何度も細い指を滑らせ、頬をすり寄せ、舌でなめ、自分の胸と擦り合わせた、その厚い胸の上に手を置いていた。
 窓の外でスズメがチュンと鳴いた。太い眉が少し動いた。その眉に静かに唇を当てると、その男は目を閉じたまま唇の端を上げた。

 服を着て階段を下りて行くと、寺本の母親が甲馬の顔を見て、「目が赤いのはよく寝られなかったせいじゃないか」と言った。「ソファベッドの寝心地が悪かったならごめんなさい」と顔をしかめた。いえ、こちらこそごめんなさい、大事な息子さんと何度も何度も。今朝も一発ヤりました。息子さんの赤い頬が何よりの証拠です。本当にすみません。用意して頂いた新しいシーツは全く使わないまま、証拠隠滅のため息子さんが今まさに洗濯機に入れようとしています。息子さんのベッドのシーツも洗濯をお願い致します。シミを沢山作ってしまったので。
 多めの洗剤を入れてすぐにスイッチを入れた息子さんの顔を見て、母親は「あら、今朝は血圧が高そうね」と言った。
 朝食はフレンチトーストだった。甲馬の実家の朝食はいつもご飯と味噌汁だ。米を売っているのだから仕方ない。それに漬物と、納豆か塩ジャケがつく。ししゃものこともある。甲馬は生まれて初めてフレンチトーストという物を食べた。ふわふわしていて寺本の尻のようだった。紀伊国屋で買ったというカナダ製のメープルシロップを掛けてくれた。本屋でシロップを売っているとは知らなかった。とにかく美味かった。
 父親のロンドン出張みやげだというハロッズの紅茶とやらを入れてくれた。母親が、船で一ヶ月掛けて運んで来た輸入物の茶葉より、現地で買った新鮮な茶葉の方が格段に美味いのだと教えてくれた。よく意味が解らなかったが、とにかくこの世で一番美味いと思っていた学食の自販機の紅茶よりずっと美味かった。寺本がお代わりを注ぎながら苺ジャムを入れるかと聞き、甲馬は耳を疑った。
 朝食の後、母親が甲馬にバイオリンで何か弾いてくれと言ったので軽く弾いてやると、「あら、広瀬くんみたいに上手ね」と母親は嬉しそうに手を叩いた。寺本の母親でなかったら蹴飛ばしているところだった。
 実家の米屋に帰った時、ご飯と味噌汁の朝食を目の前にして「今度朝メシはフレンチトーストと紅茶にしてくれ」と母親に言うと、「文句があるなら食うな」と片付けられてしまった。

つづく





スポンサーサイト

テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

 | HOME | 

FC2Ad

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。